No.106 春の風にいのちの精気が 〜全ての躊躇から手を放して〜
28th-Mar, 2007 九折
(※著者注:以下のコラムは、今日の夕刻にある種のトランス状態が起こって、本人もわけがわからんまま書いたコラムです。前半は意識がありましたが、途中後半からは飛んでいます。なんか不気味ですが、一応載せます。ちなみに書き直し作業はまったく加えていません。タイトルは後付けで、本文から抜粋しました)
春の風が生々しい。
いのちの精気が充満している。
鼻から肺へ空気が入るだけでどきどきする。
気温の高さだけが春ではないんだな。
今年の春はことさらに肉体的に感じられる。
僕は柄にもなく、季節の変わり目に弱い。
春の風が吹くと、今までの春を一気に取り戻してしまう。
思い出が重なって、時系列を見失ってしまいそうだ。
たくさんの春があって、今の春があって……
時間は本当に流れたのだろうか?
よくわからない。
流れてなんかいない気がする。
春になると、今までの春を全て重ねて、もう一度体験しているような気がする。
十代の若造のように胸が苦しくなる。
過去と今とがよくわからない。
全ての躊躇が馬鹿らしくなってくるな。
躊躇するということは、明日に引き延ばすということだ。
でも僕は、今まで明日を生きたことなどなかったりする。
僕はいつだって今という時間しか持ち合わせていない。
今までどれぐらい、明日という嘘っぱちの概念に引きずられ、明日に配慮して無駄な迷妄をさまよっただろう。
本当の充実が明日にあったためしはなかった。
明日なんて無いのだ。
窓から春の風が吹き込んでいる。
頬に冷たいが、体は冷えない。
細胞が代謝を始めている。
全ての躊躇が馬鹿らしい。
今に全てを決断してしまおう。
今までの春を、重ねてまとめて再体験する。
いろんなオンナが思い出される。
すれ違っただけのオンナもいたし、永遠に愛し合おうとしたオンナもいた。
しかしオンナたちはみんな過ぎ去っていった。
そこに悲しさは残っていない。
これでいいのだと思う。
恋愛というのは過ぎ去っていくものなのだ。
みだりがわしい美辞麗句を貼り付けて、永遠の愛なんて心をくくりつけておきたくない。
ひとつひとつ、きれいに散っていっていいのだ。
桜が毎年健気に花を咲かせ、毎年大胆に散らしていく、そういうものではないか。
いい、いい、散っていくのを見送りたい。
そのうち何年かしたら、僕のいのちも散っていくだろう。
あなたは今どんな春を重ねて経験していますか。
どんな春が過ぎ去っていきましたか。
すべては咲いて、散っていったでしょう。
そんなものだから、何も悲しむことはないし、何も怖がる必要はない。
躊躇をやめてしまおう。
あなたは何も明日には引き延ばせない。
思いを告げるなら今だ。
抱きしめあうのも今だ。
花が咲くのを早めようとしたり、散るのを遅くしようとしたり、それは無益なことだ。
風がいのちを孕みだすまで、花は咲かないし、花は満まで咲いたらいさぎよく死にたがるもの。
野暮はやらずに、咲くと散るのサイクルの中で全てのものを眺めていよう。
それはいのちの中にいのちを浸すということだ。
そのときそのときのいのちの中で、咲いたり散ったり、思い切りやればそれでよろしい。
それはいのちを活かすということで、人為の一億倍の力がある。
花が咲き花が散る、あなたは笑い、あなたは泣く、子供を宿し、子供を育み、夫を看取って、しずかにいのちを散らす。
あなたは生きているが死んでもいるのだ。
僕たちの血は、僕たちのいのちになじんでいるが、聖書やいろんなものが入ってきて、にごってしまった。
聖書は僕たちの血に合わなかったし、今ではすっかり週刊誌になってしまった。
寺の境内にも桜が咲き、やがて墓石は桜吹雪を浴びるのだけど、あなたは肌に桜をあびるより、墓石として浴びることのほうが長い。
今はいのちの時間だけれど、そんなに長くもなさそうだから、あまりしつこく大事にしないで、全ての躊躇から手を放して。
重なった春の中で桜吹雪は無尽に重なる。
涙はざあざあ流れて、大切だった友人が手を振る。
いのちの時間は果てしなく素敵で、切ないあまりに持ちこたえるのさえ大変だ。
今は携帯がブウブウなるのさえやさしい。
あなたの好きになった人は、あなたが好きになったのじゃない。
それはもっと、大きなことだ。
そんなに人に説明しなくていい、だから心の起こりにあまり名前を貼り付けないで。
明日にだまされず、躊躇さえ捨ててしまえば、あなたのいのちは勝手にうごく。
あなたはその人と重なっていくし、そのこと自体、あなたは大きなことの中にいるだけだ。
三月二十八日は意味がわからない。
カレンダーの升目があり、みんなは必死で升目のつじつまを合わせようとしている。
けれど僕たちは二晩寝ているかもしれないだろう。
本当は、升目みたいな区切りはなく、今という時間がとろとろとろとろ流れているだけだ。
今日と明日に区切りはない。
田井ノ浜で泳ぐのと、ゴアの砂浜で泳ぐのとに、本当は境目がないみたいにだ。
窓から電車のがたごとが聞こえる。
目を開ければ新小岩だけど目を閉じれば三宮だ。
先輩が自動販売機の前で笑っている。
ありがとうございました、と僕はお礼を言いたがっている。
全ての躊躇から離れてください。
あなたにあるのは今だけで、あなたを怯ませるものも焦らせるものも本当はなんにもありません。
咲く、散る、それが積み重なる、それだけです。
春の風にいのちの精気が。
胸に入ると、切なさにどきどきし、細胞が泣き出します。
[了]