No.140 会いたい人に
敷かれたばかりの道があり、新しい街灯が立ち並んで、それぞれが無闇な馬力で照っていた。まだら色した煉瓦のアミダは、粉をふくように新しかった。夜半の冷えに負けず大きなアリが、縁石をのしのし歩いている。まだ道路の開通が知られていないのか、僕のほかには誰もいなかった。
新品の風景だ。マンションの脇、こぶし咲く公園へぬけるためだけの、その割には幅広い道。この道路のようにありたい、と僕は真剣に思った。新しい景色は足音を吸い取るぐらい新しくて、同時になぜか懐かしくもあった。
僕は新しい人格になろうと思う。思えば、今までそのことを繰り返してきたはずだった。上等なものにならなくていいから、新品でありたい。劣等であってもいいから、新品でありたい。そのためなら何だってする。風は冬を残してマンションに巻いて冷たく、僕は身体を冷やそうと思った。凍えるほうへ向けて歩こうと思った。
過去の自分と比べて、僕は賢くなった。知恵も少しはついた。ただそれと一緒に、僕は古びてしまった。もうこのことをやめたい。色んなことに名前をつけてきたけれど、そのことはそろそろおしまいにしようと思った。もう、十分だ。砂ぼこりが驚きの厚さで吹き上がった。街灯の白色に照らし透かされたそれはすぐ頭上の乱気流だ。僕はじゃりじゃりになる。久しぶりに僕は、僕らしくあれたように思った。
新しい人格になるのだ。今ある人格を変化させるのではなくて、全くの新しいものになるのだ。そして大事な人たちにこんにちはを言うのだ。誰にも明かせないでいるけれど、本当に僕はそんな震えた奴なのだ。周りに話を合わせて半笑いを続けてきたけど、そのこともいよいよおしまいにする。
僕はたくさんの諸問題に突き当たってきた。この諸問題は、僕以外のいろんな人にも当てはまる問題だ。
だけどもここにきて、ここに帰ってきて、全ての諸問題を解決する道筋がわかった。全ては要するに、僕が「会いたい人」でないことによって発生する問題だ。「会いたい人」に僕がなることができたなら、全ての問題は解決する。もし「会いたい人」になれなかったら、問題は一つも解決しない。
僕がもし僕として世の中にもう一人いたとして、会うことができたとしても、僕は会いたいと思わない。だって、くたびれているのだもの。やさしくないのだもの。知恵も知識も物言いも、ご立派だけど、いとおしいものが何もないもの。
僕は僕なんかに会うよりは、そのへんの中学生とキャッチ・ボールでもすることを選ぶ。僕はなぜこんな僕なのだろう。わがままな切なさがつい苦しくなり、地面にキスして寝入りたくなる。もちろんそんなことはさせてくれない、このしっかりとした世の中と冷たい夜に、僕は感謝する。
新しい人格になるのだ。
「会いたい人」になりたい。
[了]