No.371 祝第71回Quali's Party盛会追想
(画像はこれまでのテキトーな詰め合わせ)
素敵な人が好きだ。
そして、いついかなる時代も、素敵になることはまったく容易ではなかった。
こんにち、人々の必殺技は、パニックになってうやむやにする、ムードを悪くしてみました、みたいなことに行き着く。
なんだその必殺技は……
こんにち、人は、自分があまり素敵でないという事実に向き合ったとき、それをどうしようかと考えるのではなく、よーしパニックになってやれ、という方法で対処するのだ。
それは元来、老人の方法だった。
パニックでムードを悪くするというのはイヤだし、それが老人の方法というのはさらにイヤだ。
老人の方法を用いれば、ただちに老人の門はわれわれを受け入れ、呑みこんでいくだろう。
土曜日の19時、原宿の竹下口交差点に立っていた。ムラサキスポーツ前だ。
着飾った人、若い人、よくわからない人、たちが通りすがるが、それらのすべてを見ていて、
「立っているだけ、並んでいるだけで、問答無用で魅力がないとなあ」
としみじみ思った。
有益性を主張するのはぜひともイヤだ。
立っているだけ、並んでいるだけで、魅力的な何かにならねば、どだい何かを発想したり、計画したり、思いついたりすることも許されない。
厳しいなあ、と思うのだが、それは古今東西、いついかなるときも厳しいことだったのだ。
素敵、ということを実現するのは、シンプルだが、いつも容易ではなかった。
僕は、自分が素敵だという確証はゼロどころかマイナスだが、まるで宿業のように、他人についてはどうしても素敵なのが好きだ。
素敵じゃないものについて思案や問答を要求されると、
「えええ……」
と脳みそが薬膳粥みたいになって、わけがわからなくなる。
素敵じゃないものについて思案させられるというのは、素敵じゃないと確定している二時間の映画を観せられるようなもので、そんなものは初めから「えええ……」としかならないに決まっている。
これはどうしようもないことなのだ。
実際、僕自身、「素敵じゃないので」と言われたら、その先にはいかなる方法をもってしても目の前の女性を口説く方法は残されていない。
現在、21日の早朝だが、まだ19日の夜から開催したパーティの活性が体内に残っている。
これは一時的なことだろう。一時的なものは正しくない。
けれども、立っているだけ、並んでいるだけで、問答無用で魅力がなければ話にならないという、この間違った思想は、土曜日の夜に竹下口交差点で立っているとき、どうしようもない真実になる。
素敵になることは容易ではないのだった。
いくら有益性があったって、有益性で女性を口説くのは、さすがに地獄に落ちそうなので、やめておきたい。
現代は、不安が渦巻いていて、不安材料どころか、四方八方が不安の渦ばかりで満ちているので、もはや大魔導士のように精神が堅固でないかぎり、いくらでも気が変になりそうなところがあるのだった。
なぜかわからないが、たくさん勉強して、いい大学に入り、上位の就職をして、婚姻して家族を得て、一軒家を建てて中産の暮らしをしていく……ということが、まったく「幸福」という感じがしない。
それは幸福というより、不安がややまし、かなりまし、という程度のことに感じられる。
このわけのわからない幸福の消滅と、不安の無限発生について、僕は「獣化」という説を唱えてきた。
もし、高学歴から上位就職、そして上等な伴侶と家族を得たって、それらを取り巻くすべての人々が、自分自身も含めて、生臭い獣になってしまうのであれば、そんなものはもはや勝ち組でも何でもなくなる。
単純に考えて、もし自分の子供が、幼いころからやたら奇声を上げる、そしてストレスに異様に敏感で、水面下に発狂の気配を感じる、何かを話そうとしても言葉が通じない、眼がヘンだ、やたら刺激物を好み、それを取り上げようとすると血なまぐさく暴力を振るってくる、人のこころを持っていない気がする、自己陶酔しているときだけ異様にゴキゲンだ、というふうであれば、そんなものが家庭内にあって一生つきまとってくるのでは、明らかに不安だ。
そして、そのことについて夫に相談しようとしても、夫にも何か言葉が通じない感触がある、身の回り誰もが人間味を失って、
「このところ、わたし自身の顔や笑い声もヘンだわ。わたしこんなに汚らしい肌だったかしら」
ということが加速していくようであれば、そんなものは不安に決まっている。
そういった、人文的な破滅がやってくるのではないか……いやそんなまさかな……という不安が、身近にあるような気配があって、どうにもこうにも、現代から「不安」を取り除くことは困難をきわめるのだった。
今、女子高生がアルバイトを始めるとき、まっさきに考えるのは、「ここの店長はヘンな人じゃないかな」「客層にアタマのおかしい人は混ざってないかな」という不安についてではなかろうか。
これらの不安に食い殺されないようにするためには、あるていど、自分は「悪く」やっていくということを、腹に据えておくしかない。
善人ぶり、善良ぶって、渡る世間に鬼はなしという幻想を追いかけすぎると、逆に不安に食い殺されて、嘔吐するハメになってしまう。
渡る世間に、そうそう鬼はいないのかもしれないが、そういった話は、「獣化」ということを想定せずに済んでいた時代のことだ。
人は、鬼にはならなくて済んでも、摂取物により、科学的に獣になってしまうことがあるのだ。
「わたしは、愛は覚えるけれど、善人ではないの」と、どこかでふんぞりかえっていないと、誰も彼もつぶれちゃうよな、ということを考えていた。竹下口交差点で。
素敵な人が好きだ、というのも、それ自体があるていど悪人の考え方だと思うので、正気を保つためにはいいと思うのだ。自分の考え方に、増長するのはよくないが、必ずしも自分の考え方が正しいという必要はない。
間違った考え方でも、それだけが必要で、それだけが身を救うということはしばしばあるものだ。
どんな時代にも、一定の犠牲者が出なかった時代はない。
さしあたり、竹下口交差点で待っていると、参加者(いつもの連中)たちは、うれしそうに駆け寄ってきてくれたので、彼女らにとって僕は不安の対象ではないらしいと、僕はホッと安心することができた。
人が人に向けて安心できるということは、きっと、「この人が食事するところを見ていたい」というような感触だと思う。
人間にとって一番困るのは、人付き合いの中で、「顔も見たくない」「声も聴きたくない」ということが生理的なシリアスさで発生する場合だ。そのとき生理的な嫌悪感として最も特徴的に出るのが、
「この人が食事をするところを、とても見ていられない」
という嫌悪感だと言える。
こうなってしまうと、これはもうその生命存在への嫌悪とおぞましさなので、もう生命存在そのものを否定する感触になり、水面下で殺し合いが始まってしまう。
「この人」という存在が、もう「肉」そのもののレベルとしてイヤということになってしまうということだが、たとえそういうことが起こってきたとしても、われわれは冷静でいなくてはならない。
何であれ、そういったことは、今は別に珍しいことではないので、動転しないことだ。
こんな話をしている僕自身も、あるとき突然、そうして「肉」そのもののレベルとしてイヤがられる可能性があるわけで、もしそういうことが起こったら、僕はもうそっとすべてのことから自分を引き取って、僕が生きているところをなるべく人に見せないようにしていくしかない。
そういったことは、いつかこの先あるのかもしれないと、覚悟はしているので、そのときは僕の友人は、そのことを告げるのに躊躇しないように。どうせ僕のことなのだからなんとかする。
とりあえず、二〇一七年の八月中旬現在、僕はまだそういう忌避はされなくて済むようだった。
ええと、今回、第71回は、四人から始まって、直後に五人になり、すぐ六人になり、七人になって、さらに一人来て二人終電で帰ったので、六人で朝まで過ごしたのだったか。まあだいたいいつもこんな感じた。バーの一区画を借り切って過ごすにはちょうどいい人数だ。
われわれはいつも、ダイニングバー店内の奥まったところにある洞窟のようなブースを借り切って、そこで赤いランプに照らされて朝まで過ごしている。
だいたい、Hちゃんはいつも初めからいてくれて、最近はKさんも初めからいてくれて、Rさんはその日のイベント次第(がんばってくれている)、Aちゃんは住んでいるところがやや遠いので慌ててくる。kちゃんは乗り気の時期と腰が引けている時期がある、Yさんは長距離バスでくる(いつもありがとう、恐縮する)、mちゃんはその日のアルバイト次第、というような感じだ。だいたいどこでもそんな感じだろう。その他にもよく知った顔が幾人かいる。最近は男性参加者はあまり来ない。
ついでに、こういう機会にちゃんと説明しておくと、参加者の年齢層は二十五〜三十歳ぐらいという印象だが、女子大生もいる。たまに十八、十九の女の子も来る。
こういった会合は、いろんなタイプのものがあると思うが、少なくとも気質的にというか所属的には、当パーティはオジサマとオバサマが流入するたぐいのパーティには結局ならなかった。
端的にいうと、
「進撃の巨人は、けっきょくあのあとどうなったんだ」
というぐらいの話題が身近に感じられないと、気質や所属の年齢層としてどうしたって馴染まないだろう。
もちろん、アニメやマンガの話題で盛り上がるというようなことがあるわけではない。
じゃあ何の話題で盛り上がっているかというと、盛り上がっているかどうかも怪しいのだが、少なくとも言えることは、
・何かに感動する性質がある人
・何か拍手してしまうものに焦がれる人
・根本的に穏やかな人
・最低限の華がある人
・感動はするが、煽情的なものには恬淡としている人
という感じの人が、パーティに参加して馴染みやすいだろう。
ここで、もし「煽情的」という言葉の意味がわからず、かつ「恬淡」という言葉が「わっかんねーんだよ、めんどくせえな」と毒づいて感じられるようであったら、そういう方は確実に当方のパーティには向いていないだろう。そんな人は今までに来たことがないが。
ここで、
「そっか、煽情的なものと感動的なものは違うんだ」
ということの発見に、よろこびと「いいねえ」という向上心を覚える人があれば、そういう方は当方どものパーティに向いているので、ぜひいらっしゃってほしい。未来に向けて、何事も、かつ誰にとっても、なるべく拡大に向かうほうが吉相だ。
賢くならないと、生きていくことは悲惨になりそうだが、老境に差し掛かったオジサマやオバサマというのは、すでに自分が根本的に賢くなるということを諦めている。
自分が賢くなるということを諦めた人間は、どことなく新興宗教の人のように漠然としたほほえみを湛えながら、あるいは逆に強固にムッツリしながら、自分のライフがあまりにも味がしないため、何か味を足して自分のライフに埋め合わせをしようとしている、というふうに見える。それは決して、悪いことではないに違いない。
が、さしあたり僕自身、現在の自分を桁違いに賢くすることに、到底あきらめがつかないので……
この時代、さきほど指摘したように、不安が渦巻いており、人が人に向けて「安心できない」という状態があるのだが、それは自分を取り巻く人間関係において、目の前の人が、
・何かに感動する性質が無いのじゃないか
・何か拍手してしまうものに焦がれることが無いのじゃないか
・根本的に穏やかな人ではないのじゃないか
・華のある人を妬んでいるのじゃないか
・感動はしないのに、煽情的なものには血眼(ちまなこ)になる人なんじゃないか
と疑われるということだ。こころのうちに、感動する機能がすでになくて、敬い称する機能がなくて、実は穏やかな人でさえなくて、妬みが渦巻き、すでに煽情刺激に血眼になることが始まっている。
そういう人が食事をするところは、何か見ていられないところがあり、目を背けたくなる。安心できない。
それらの一切を、僕は「獣化」と呼んでいる。
獣化した人は、もう、自分が根本的に賢くなることを諦めている。
四年前、それまで休止していたパーティ企画を急遽再開し、それ以来毎月このQuali's Partyという催しを続けてきた。
「始めた理由はないし、再開した理由もないので、やめる理由もない、困る」
という状態で、今回、第71回を迎えることになった。
つまり、今回で四周年記念、ということになる。
それで今、こうして懐かしい形式の「追想コラム」を書いているのでもある。
みんな、原宿にもいいかげん慣れたろ?
あれから四年も経ったのだ、と感慨深くしてみようと思ったが、あまりそういうことにはならなかった。
赤いランプの、洞窟のようなブースの中で酒を飲みながら、僕が四周年を記念して言ったのは、
「とりあえず、今こうして、ここまでついてきてくれた人は、<<老いさらばえる>>ということにはならなかったね、少なくとも」
ということぐらい。
老いさらばえるということは、どういうことなのか、また耄碌するということは、その先の時間をどのように変質させるのか、というようなことを、現在のわれわれが考える必要はないし、おそらくこの先も永遠に、そういったことを考えるのは意味がないと思う。
いかなる時代にも、犠牲者の出ない時代はなかったのだ。
この日、僕は珍しく飲みすぎて(パーティで本当に酔いつぶれたのは初めてじゃない?)、夜中の三時ぐらいにはダウンし、しばらくはその洞窟内で昏睡していた。
まあ、僕は、なんとなくその「四周年」ということを、どこか浮かれて捉えているところがあって、なにしろ僕はあちこちでそういう青春があったものだから……つい逸脱して飲んでしまったのだ。あまり人には話さないような理由がある。
とにかく朝五時になって退店し、この日は申し訳ないが朝五時で散会とさせてもらった。
通例は、いつもそのままタクシーでジョナサンに行って、その日の正午ぐらいまでやるので、今回は朝のうちに散会になって申し訳なかったと思っている。
おれが老化したんじゃないぞ。そもそも、朝五時で「早退け」というほうが一般的にはおかしいだろう。
早朝の竹下口交差点に座り込み、一休みしてから、タクシーに乗って帰ることにした。
雑居ビルの前に座り込んで、(久しぶりに飲みすぎたわ)と、僕はしばらく在りし日の憧憬を追憶していた。それから目を覚ましてふと見上げると、女性たちがそのまま変わらず目の前に立っていて、
「あ、いいよ、それぞれに帰ってくれて」
「そんな、このままにしておけないわ」
うーむ、人々はやさしくなったものだ。古い記憶によると、僕は上野公園で昏睡しているところをハシブトガラスに起こされたり、耳の穴にヤマアリが侵入する鼓膜臨場感のサウンドで目が覚めたり、「兄ちゃんこんなところで寝てたら風邪ひくで」とホームレスのおじさんに気遣われて起きたりしたことしかなかったものだが……
放っておいて帰ってもらっても大丈夫だけどね。そういうのに慣れているというか、もともとそういうふうに育ってきているから。
僕を取り囲んでいた肉の林立はとてつもなくやさしかった。
(こんなにやさしくされるのはどれぐらいぶりだろう)
なんでしょう、ひょっとして、おれなんかは酔いつぶれているぐらいのほうが評判いいのかな?
一人がコンビニに走ってくれて、冷えピタと、二日酔いドリンクの超ゴールドと、ウィダーインゼリーの超ゴールドと、しじみ入りのアカダシ味噌汁を買ってきてくれた。これには正直助けられた。高級品を本当にありがとう。ああいうののゴールドものってホント高いよな。
醜態を報告しているのが我ながら情けないが、僕はこれを四周年記念と追想したとき、四周年記念はまるでどこかに戻ったみたいだった、とこっそり思うことになった。こんなにやさしくされたのは、個人的にではなく、きっと全空間的になつかしいことだ。いい場所の、いい時代なんじゃないか。四周年記念は、僕が路上でつぶれていて、柔肌の女性たちが取り囲んで見下ろしてくれていた。いろんな状況はさもありなんだが、それはさておき、なるべくこいつを見捨てないように。
そういう上下関係がもともとぴったりくるのだと思う。男と女なのだし、僕は這いつくばるために東京を選んで暮らしている。
<<立っているだけ、並んでいるだけで、問答無用で魅力がなくてはならない>>が、そのことが成り立つ背景には、こうして這いつくばった時間が必ずあるに違いない。誰だって素敵な人が好きだけれども、いついかなる時代も、素敵になることはまったく容易ではないのだった。四年ぐらいではとても、とても。
***
「z'gリゃjφテ、h☆m〜あ54ッて、Ωhgア3ましょう!! ィアアリャ乾杯!」
「かんぱーい」(唱和)
今さら乾杯のあいさつも何もないので、だいたいこんな感じで始まる。何かしら、あいさつ的なことを言っているのであろうという音声が吐き出されていればなんでもいいので、とにかく景気よく始める。さっさと飲みたいのであって、誰も冒頭から与太話なんか聞きたくない。
最速で景気よく乾杯の音頭を取ると、だいたいこんな感じになるわけだ。
今回は特に、直後、
「四周年でございますよ!」
「おめでとうございまーす!」
というふうにした。
もちろんすべて、景気よく酒を飲むための材料でしかない。祝ったほうが酒は旨いに決まっている。
酒を飲むのには、肴が要るので、
「○○(名前は伏せる)、けっきょく例の男とは別れたの?」
「あ、別れましたよ」
○○(名前は伏せる)は、
「別れて、じょーねんが残りましたよ、じょーねんが」
と笑った。みんなして笑った。
酒を飲むのには肴が要る。
(注:大丈夫かね、この話、読んでて面白いかね。面白くなかったらごめんね)
○○は、
「じょーねんに憑りつかれてですねぇ、クソーなんだあのヤローと思って、わたし筋トレしてたんです。そしたらちょうどその直後ですよ。九折さんのブログに、『ハードトレーニングは誰でもできる』って。それで、ああああああze'gjφh☆m」
「何もかも見抜かれてるじゃん笑」
途中、△△がやってきて、僕の真向かいに座ったから、
「あれ? △△、お前なーんか新しい男できてない? 年上の……」
「げっ」
(こういうナゾの読み取りをしても最近は誰も驚かなくなった。たいていの超能力はスルーされる。ちったあ驚けよっつーの)
まあ、男女関係などというのは、どこで誰が何をしていても、すべてプライヴェートなことなので、
「ヒューヒュー」
「もう」
「まあ、何にせよ、そういったことはノー・トラブルで」
「ノー・トラブルで」
ノー・トラブルという語は、人類の普遍としてすばらしい聖句だ。
トラブルのケースワークで盛り上がる話を恋バナとは言わない。恋愛論とも言わないし、思想とも哲学とも言わない。
トラブル、特に男女間で起こったトラブルなどは、とっくに恋あいではないものとして、よくワイドショーに取りざたされている。
「情念が、肉に染みまっせぇ。ああ、おっかねえよなあ」
と僕は言った。
「にくしみ派と、にくぬき派があるんでしたよね」
「うん。肉染み派と、肉抜き派」
「肉を洒脱したーい」
「お前ら、そんなヘンな宗教みたいに言うんやめえや」
情念が肉に染みる、という、
(ここで、執筆中の現在、パーティメンバーのMから、大都市の市役所に就職が内定したという連絡があった。よろこびに満ちた通信文。吉報。「おおおお!」と返信、祝福と共に、「おれの女でいてよかったな!!!!」と送ったら、浮かれているらしく「せやな!!!!」と、おおむね全肯定するよろこびの通信文が送られてきた。隙だらけだ)
(しかしMが大都市の市役所に就職とは、めぐりめぐって、わからないものだ。スバラシイ安泰性だ。彼女は翌四月から市役所勤めなので、それまでの半年間は遊びまくらねばならない)
(彼女が初めてパーティに来てくれたとき、彼女は大学の一年生だった。十八歳だったあれが、今は市役所で公僕をやろうなどとしている。ナーマーイーキー。しかし四周年ということはそういうことだ)
(おめでとう)
(ほれここを読んでいるそこのテメーも、Mの市役所内定を祝福せよ。祝福しない場合、鼠径部からセメントの匂いがする二十年の呪いにかかるだろう。もしくはすべての登山計画に豪雨が降り毎回大きめの虫に刺されるという呪いにかかる。)
なんの話だっけ?
情念が肉に染みる、という話。
情念が肉に染みる、という、この禍々しい言い方は、さすが女性たちにはしっくりと来、わかりやすいようだった。
パーティの時点では話していないが、情念が肉に染みるとして、そこで「血」が情念ということになる。肉に血が染みる。血は痣になり、うっ血する。瀉血したい衝動が起こる。極端な場合はリストカットとか。「血」の情念が重たすぎるので、「デトックス」したい、「植物だけ食べていれば血液もボタニカルになるんじゃない?」という激しい妄念などが起こって、すべてがドリフ大爆笑のようなエンドに向かっていく。これは比喩表現が間違っているだろう。
僕ぐらいの文豪になると、文章をまとめる気はさらさらない。
身を粉にしてワーク。非情念の、具体的な、肉をはたらかせるワーク。それを繰り返す。反復するのではなくしつこくやる。やり続ける。庭に穴を掘るとして、毎日それを掘るということは、反復するということではない。毎日やる。すると百年後には、「お前どこまで掘ってんねん!」という衝撃の事実に到達する。肉を洒脱するというのはそういうことだ。身を粉にしてワーク、これを情念の人は、「血のにじむような努力」にすり替える。そっちのほうが好きだからだ。あるいは「身を粉にする」ということがどうしてもキライで、本当に「受け入れられない」ということがある。それはすでに、身を粉にすることが受け入れられなくなるだけの、十分な「呪い」が掛かっているからだと言える。呪いはどのようにして掛かるかというと、みだりに神の名を標榜したり、神業に評定を下したり、つまり「敬う」ということを持たずに来たことによって、呪いが掛かっていく。呪われてしまった人は、どうしても血が好きだ。流血が好きで、血筋が好き。「父親が消防士だったから、おれも消防士なのさ」と言う、汗さわやかなマッチョ青年に、「いいから、ここはオゴるって!」と、オゴられることだけがどうしても「うれしい」となる。それだけが足しになる、と感じられる。そういったことしか信じられなくなっている。もうどうしようもないのだ。ひどい言い方になるが、これはどんなブスでもそうなのだ。どんなブスでも、「上等な血筋の人にオゴられることしかどうしても信じられないの、どうしても絶っっっっ対にそれしか受け入れられないの!!」という激昂状態になる。ときめく権ー利が主張される。これは悲惨だ。強い塩素水に六億年漬けたとしても、この呪いは晴れはしない。
われわれは「人の世」を大切に思うので、次第に、「人の世に不義をすると、天罰が下りますよ。神様が見ています、そういうものです」というような論法を用いたくなっていく。しかしそれはよくよく見ると、カミサマが人の世に「従属」しているとみなしているわけで、そんな妄想を口に出して言うと、そのたびに呪いが掛かっていくのだった。「天網恢恢」とか「人を呪わば」とかはぜひとも口に出して言わないほうがいい。われわれがカミサマに興味を持つべきで、カミサマがわれわれに興味を持っていると勝手に思い込むのはひどい傲慢だ。
子供に、「いつも神様が見ていますよ」と刷り込むように教えると、子供は決定的に自発性や能動性を持たない人格に育っていく。いつも見られているからだ。カミサマがいつも人を見ているということは神学的に間違いではなかろうが、それは単にカミサマの能力が人智を超越しているから「見落としがない」というだけで、カミサマがわざわざ恣意的に人間どもをご観察あそばしているのではない。
よって、子供からの正しい反論は、
「いつも神様が見ていますよ」
「うっせえババア、てめーがカミサマを見に行けよ」
ということになる。この子供は、自発性と能動性を高めて育っていくだろう。「敬う」というのはそういうことだ。
今、この現代には、「身を粉にする」ということがどうしてもわからないというか、受け入れられず、その代わりに、
「眼を血走らせる……」
「あ、うん、それはわかる」
という人が増えている。
かといって、眼を血走らせるのも厭なので、じゃあどうするかというと、自発性・能動性の一切を封印し、よくわからないまま、オゴられるの(血)を待っているだけ、という人が増えているわけだ。
「情念が、肉に染みまっせぇ。ああ、おっかねえよなあ」
と僕は言った。
「にくしみ派と、にくぬき派があるんでしたよね」
「うん。肉染み派と、肉抜き派」
「肉を洒脱したーい」
「お前ら、そんなヘンな宗教みたいに言うんやめえや」
そうしてみんな笑った。笑いながらぐいぐい酒を飲むのはいいことだ。
肉に染みた情念を、いざ抜くとして、それは具体的に「身を粉にする」ことから始めなくてはならないとなると、誰だって急激にテンションダウンするので、まあそんなむつかしいことまでは、パーティの場で話す必要はないのだった。
パーティということなら、パーティということで、「パーティ」という語のそのままのことに、身を粉にするしかないのだった。まともに燃焼しようという、まっとうな話。僕は呪われるようなことが大変キライだ。呪われるのがキライという人は、なるべく肉をサボらせないほうがいい。
血なしで生きていける生きものはいないが、われわれが「存在する」というのは血の機能によってじゃない、肉の機能によってだ。「血が通(かよ)っている」という言い方は、「通っている」ということを表現しているのであって、洩れるとか噴き出すとかにじむとかいうのは、「通っている」ということの逆だ。血の通路が破綻したから漏れ出たのだろう。それは血の活躍ではなく肉の汚損にすぎない。われわれは食肉でさえ、血抜きをしてからしか食べない。
われわれは生きものなので、血を得ずに生きていくことはできないが、そういうことは、悪く厚かましく静かに済ませるべきで、つまりノー・トラブルで血を得ることだ。トラブルを起こすようでは悪党じゃない。
われわれが「存在する」というのは、肉の機能によるもの。肉に霊が宿り、それが血の情念に汚損されていない、ピカピカですねというのが、単純に佳いのだった。誰が血塗られた月など見たいものか。
今回は例外的に、いつものメンバーに、パーティの後日、アンケートというかレポートをもらっている。
各員がもれなくレポートしてくれたのは、「分別(ふんべつ)」のことだった。印象に残ったのだろう。「分別の別を弁(わきま)えること」。
確かに僕はそういうことを話した。
分別の別を弁えるというのはどういうことか?
それは、最も簡明に言うなら、
「もともと別の存在なのだから、わざわざ分割(わか)る必要はないだろ」
ということだ。
昔からよく言われるように、日本人はおおよそムラ(村)気質であるため、土居健郎の指摘したように、「甘え」の癒着から離脱できない。
たとえばここに、母と娘があったとして、母は自分の娘が、自分とは「別」に存在しているものだということがわからないのだ。
だから、「わたしの代わりに夢を叶えて」というような母の願望が娘に侵入していったりするし、そのためには娘の股関節に強制ストレッチを加えてもかまわない、
「わたしの娘なんだもの」
という文脈によくなる。
隣の家の娘さんの、股関節を勝手にバキバキやるのはよくないとわかるのだが、自分の娘だと、それはかまわないというように、母御さんには感じられてならないのだ。それは母御さん自身の「生きる糧(かて)」になっている。
それは、愛がないということではなくて、ただ、自分とは別個に「存在」しているものだということがどうしてもわからないだけだ。母親は娘を「所有」している。よもや娘の内部に別個の人格があるなどとは感じていない。
この場合母親は、娘を「わたし」の部品だと感じており、自己愛のスケールアップチャンスとして、部品化した娘をこよなく愛している。まして娘はまだ若く、未来があるのだ。ここで母親としては自己愛に「未来」という甘露の獲得も期待できることになる。だからこそますます、娘の部品化はやめられない。
ただしそのぶん、娘がやれ「お腹が痛い」だとか、「ロック音楽が好き」だとか、自分の部品としてそぐわない性質を言い出すとき、そのことはよくわからないと感じるし、そのことはひたすら気分が悪いと感じる。
だからこそ、そうした母御さんは、
「わたしは誰よりも、娘のことを分かっています」
という自負でいる。
「分かる」というのは、英語で言うところの「区分する」「分割する」、つまりtell A from Bのことなのだが、これは「分割(わか)る」と表記したほうがその本質が掴みやすい。
母親が娘を「別」と捉えられていない状態、つまり母親が娘を「所有」している状態では、娘は存在の尊厳を認められず、侵されて苦しんでいるのだが、母親にはどうしてもその娘の苦しみが伝わらない。まともな勉強がしたい、という希求が伝わらない。
なぜ伝わらないのかというと、分割しているからだ。
つまり、母御さんは娘に向けて、
「わたしは誰よりも、あなたのことを分割っています。親なんですからね。あなたが苦しいのも分割っています。でもがんばりなさい。我慢しなさい、『わたしの娘』よ、がんばるんです!」
と拳を握りしめ、大感動、涙ウルウルというような状態になる。
母親は娘を「所有」しているので、娘が「別」の存在だということがわからない。かつ、同時に「分割」もしているので、娘のこころとつながっておらず、娘の苦しみは母親に共有されない。「分かっている(分割っている)」ものは、分割されているから流入はしてこないということになる。どのような家屋も、トイレ区画を所有しているが、トイレ区画はリビング区画と分割されているように、娘の苦しみは母親のリビング区画には流入していかない。
しかしトイレ区画が自分の思ったとおりにならないのは気に入らないのだ。自分の所有物であるからには。
このとき母と娘は、実は一緒のところには存在していない。母は娘を分割っている。自分とは別の存在があるとは感じられず、自分の所有物が自分に適切に分割ってあるようにしか感じられない。母親は娘を、自分の所有する「財産」だと感じており、この世界に別個に誕生した「宝物」だとは感じていない。
これを、「分別(ふんべつ)がついていない」という。
「分別の別を弁える」ということは、「もともと別個の存在ってこと、早く気づけよ」という意味だ。
そして、
「もともと別個の存在なんだから、わざわざ分割る必要もないだろ」
と。
別の存在なんだから、別の存在のままつながってあればいいだろ? と。
たとえばあなたが、上司にネチネチ嫌味を言われたとする。そうするとあなたは頭に来て、「めっちゃムカつく」「理不尽すぎるだろ」「絶対許さない」という状態になる。怒り心頭に発す、怒髪天を衝く。すさまじい敵愾心が起こり、「ぶっ殺す」「お互いにどちらが先に破滅するかだな」「目には目を、攻撃には攻撃を」という激突パワフル血がにじむ状態になる。
われわれは、そうしてすぐにドラマチックな主人公になるが、よくよく考えると、そういったことはヒロシマの原爆投下やスターリンによる大粛清などの、マジの「攻撃」に比べると、まったく冗談みたいなことなのだった。
上司にネチネチ嫌味を言われたということを「攻撃された!」と定義したとしても、さすがに原爆ドームの中心に立って、
「わたし、攻撃されたんです!」
と主張してみれば、それはまったくアホみたいで、むしろ本当に「攻撃」を受けて理不尽の中で亡くなられていった悼むべき死者たちから相当な祟りを受けそうな予感がある。
われわれはそうして、上司に嫌味を言われるとドッカーンと怒るのに、ヒロシマに原爆が落とされて命を奪われた無辜の民衆の無尽の痛みと悲しみについてはドッカーンとはならない。それは「分割っている」からだ。誰だって、無辜の民衆の頭上に核兵器を炸裂させてはならないということぐらい「分かっている」。そこにどれほどの痛みと悲しみが起こり、どれほどの苦しみを生み出してしまうものなのか、そしてそれがどれぐらい許せないことなのか「分かっている」、分割っているからこそ、それは自分の身に流入はしてこないのだ。だから一言でいえば、ヨソの痛みに関しては「へっちゃら」に尽き、自分はというと、上司に嫌味を言われただけで「絶対に許せない!」という大爆発を起こすのだった。<<この世の苦しみは拷問で命を落とした少年の苦しみによって定義されるのではないわ、わたしが金曜日に嫌味を言われた苦しみによって定義されるのよ。叫びを聴きなさい、「少年よ、わたしの苦しみを知って?」>>。人間、こういった愚かさのツケは、長い時間をかけてでも払わされるみたいだ。
われわれはもともと別個の存在だ。しかし、別個の存在なればこそ、そこにこころを通わせ、他人の痛みもまるで自分の痛みのように引き受ける、ということが、一部ではあれ可能になってくる。それこそを愛と呼ぶのだと、たとえばエーリッヒ・フロムなどが唱えている。「汝の隣人を愛せ」という聖句があるが、これも正しくは「汝自(みずか)らのごとく、汝の隣人を愛せ」だ。マタイによる福音書第二十二章三十九節。汝の隣人を愛するということは、汝の隣人を「分割る」ことではないと言われている。隣人を汝自らのごとく。かといって、隣人は隣人であって、もとから別個に存在しているから「隣人」と言いうる。
僕は各人に、個別に、「お前だ、お前」と言ってまわった。これはある種の感覚能力で、「お前だ、お前」とはっきり言われた側は、何か未知の戦慄と、危機感と、同時にそれを上回るよろこびの実感を覚えて目を輝かせる。何かを見つける。すぐ消えるけどね。ある人のレポートから直接引用すると、突如「こんな存在の仕方が許されるのか」という驚きが起こったという。許すも何も、もともと別個に存在してまんがな、と僕などは思うが、それにしても実体験のレベルではどうやらこれは希少な体験ということになるらしい。
「お前だ、お前」
これは今これを読んでいるあなたにとってもそうだ。お前だ、お前。
誰だって別個に存在しているに違いないし、そもそもが別個に存在している間柄なら、あえてそれらをわざわざ「分割る」必要もない。
「分割らない」ということの何と偉大なことか。
これを「分別を弁える」という。「分」と「別」の正しいありようを実現すること。分別の別を弁えず、他人や世界を「所有」するとか、しかも所有した上で「分割る」とか、どう見てもサイテーの具合だ。やめましょう、という話を僕はした。
すべてのことは、ノー・トラブルで、呪われないように、吉相を積み重ねていくように……
分割らない、ということからすべては始まる。
「シャウトだ、シャウト。怒鳴り声はダメだよ。ヒーッハー。<<シャウトができないと、三十五歳以降はすることがない>>」
そんなことも確かに話した。
(レポートがあると便利だなあこれ)
身体の奥底まで分別が弁えられていないと、人はシャウトできない。
シャウトなんかいいね。シャウトが何であり、どのようなものであるかは、誰にだって「分割る」のに、実際にそれができる人はきわめて少ない。
肉を進ませるということ。
肉に霊が宿るのだから、肉声にも霊が宿る。
もしそうじゃなかったら、シャウトするソウル・シンガーなんか何の意味もなくて、ひたすらボーカロイドがシーケンサーを再生していればいいことになる。
情念が肉に染みる。肉に血が滲んでいる。
そうすると、肉声にも血が滲んでいることになり、その声は黒い澱みと血なまぐささを帯びていることになる。
実際、そういう声を聴くと、人の身体はビクッと固まる。
シャウトするときは、つまり全身全霊に及んで、その情念の染みはないか、肉に血は滲んでいないかが問われるので、結果が一目瞭然に見えやすい、ということだ。
いわば「シャウト検査法」ということになるが、この検査に引っかからないなんて奴は相当まれだ。
そういうことなのだから、ぜひそういうところまで、肉を進めようではないか。
チャットメッセージの通信アプリでやりとりしているあいだは、肉のありようや血と情念の染みはごまかしやすいが、そんなもんでいつまでもごまかしていてもな……
こんな形でも一応パーティ追想だ。赤いランプに照らされながら、ハイボールで酔っ払って、そんなことをあれこれ話していたのだ。
春はあけぼの、夏は夜、月のころはさらなりと申しまして、夏は夜遊び、東京港区六本木、これ夜遊びのメッカでございます。
あるいは、「総武線で錦糸町までゆきますと、そこから東に、亀戸、平井と続いていきますが……」。
デリー、ジャイプル、アーグラ、(ゴーラクプル)、カジュラホ、バラナシ、ガヤ、ブッダガヤ、カルカッタ。
「ときは元禄十四年、浅野内匠頭、吉良上野介に斬りかかりまして額に負わせた三日月の傷、殿中でござると大石内蔵助、殿中刃傷沙汰御法度につき家は断絶、身は切腹、風さそう花よりもなおわれはまた春の名残をいかにとかせん……」
「わたし、去年の七月一日からね、人生始まったんですよ。あのとき言ってくださったじゃないですか。人生始まったな、って。まさにそれで、ホンマにそういうことってあるんやなって」
文武両道と言うけれどね、ホンマに人のお命を頂戴する、ホンマモンの技術は、ちょっとおっかなくて見ていられないよ。まあでも武とか剣とかいうのは、ホンマにはそういう意味のモンだから……
書付と印と三両の金子、これを届けた先が神田小柳町の大工吉五郎でございます。
この蜆売りの童の姉夫婦に、かつて金五十両のほどこしをしてやったのが、ほかならぬこの当人、ご存知鼠小僧治郎吉でございます。
「四年間ありゃ、大学生も社会人になるし、太平洋戦争だって終わるんだよ」
何の話をしているんだこりゃ、という感じだが、実際そういうことを話していたし、レポートにもそういうことが上がっているので、あるがままを追想するしかない。
四周年といって、四年間もやってりゃ、そりゃこんなことになるよ。
僕は四年間という区切りを大切にしたい。僕はこの四年間でたどり着いた、一種の到達点を、「こんなもん、もう二度とやれるかよ」とウンザリするほど感じるので、経験的に、これでよかったのだと確かめている。四年前のおれと現在のおれはまったく違うというか、まったく別物だもんな。まったく別物だが、次々にこうやって新しい到達点に行きついていなければ、僕は僕であれないわけで/いつも思うのは、こうした四年間を振り返ってみたときに、この先の四年間もまた新しい到達点を形成してゆかねばならないということにつき、「えええ……」と物事の膨大さに怯むのだが、そうして怯むときだけ、僕は自分が唯一まともであれる瞬間なのだと感じている。四年前は木彫りの人形みたいに硬かった十八歳の女も、四年後には市役所で公僕になるのだ。肉が進まないといけない。何もかも分からずに来た僕は、これからも何もかも分からなくして進んでいくよりしょうがないらしい。
誰ぞの家に保管されていた(放置されていた)らしいシャンパンがテーブルに供され、四周年の記念に涼やかな祝いの泡沫をもたらした。小林アニキが栓を抜いてくれた。赤いランプの下で、いくら透かしても、グラスに発酵泡の色は同系色に溶け込んで見えない。味からすると、ロゼかなという気がしたが、まあよくわからないし、どうでもいい。祝い事にはケーキがつきものだということで、Hちゃんが夏場に合わせた流行のアイスケーキを買ってきてくれていた。Hちゃんも四年間、皆勤賞おめでとう。Hちゃんを代表に、このわけのわからんことに四年間もついてきている、全員がもれなく相当なアレだと思うが、やはり少なくとも言えるのは、ここまでついてきてくれた人は、<<老いさらばえる>>ということにはならなかった。
そんなわけで今後ともよろしく。
***
そんなことをしていたので、酔いつぶれた。そりゃ酔いつぶれるわな。テーブルにずっとハイボールのピッチャーがあるんだからな。誰だあんなものテーブルに置いておいたのは。
以上をもって、第七十一回Quali's Party、四周年の追想ということにする。
追想、ということにしたのだが、正直なところ、ほとんど振り返っているヒマがなくてだなあ……
次のことって、次から次にやってこない?
ほんの数日前のパーティが、正直、もうはるか彼方の昔、ちょうど僕がインド旅行していたのと同じぐらい昔のことに感じられる。
そういうことってない?
僕はずっと以前から、時間の感覚というか、時系列の感覚がおかしいらしく、すべての過去のことは「過去!」と書かれたズタ袋に放りこんでいるだけで、物事が時系列の順番に並んでいないのだ。
今回のパーティの直後、まあ、僕はパーティの最中には特殊な能力を使いすぎるので、パーティの後の数日間は、
「あれ? 19日の次は20日だよな。それはわかる。でも、あれ? 22の次って23? このカレンダーって、右に行くんだっけ、左に行くんだっけ。それとも上に行くことってあったっけ?」
というような状態になっていた。
まあそんなわけなので、別に四年間が長いというわけではないし、四十年が、四百年が、長いとか短いとかいうのは、基本的にしょーもないことだ。
なんなんだこりゃ、という気もするが、それでもなお、有益性を主張するのはぜひともイヤだ。
次回も、明治通りの竹下口交差点、ムラサキスポーツ前でお待ちしています。
[祝第71回Quali's Party盛会追想/了]