恋愛偏差値アップのコラム









あなたを口説かないオトコたち







信じてもらえるかどうかはわからないけど、実は僕は風俗に行ったことがない。それは別に、風俗はイケナイものだとか思っているわけではなく、また愛と切り離したセックスはあってはいけないと潔癖になっているからでもない。僕が風俗に行かないのは、単に今のところ必要がないからだ。僕はれっきとしたスケベで、性欲も平均よりは絶対に強いと思うのだけれども、それでも今のところ自分のセックス環境については満足している。オンナをちゃんと口説いて一晩一緒に過ごすためにはトータルで見るとかなりの時間が要るので(ちゃんと時間をかけたい、という気持ちもあるし)、その時間がないときに、風俗に行けたら実際のところ手早く済むんだろうなぁと考えはするが、とりあえず今のところそれは実行には移していない。二十九歳になって風俗未体験というのは、どうも僕の周りを見渡す限りでは少数派のような気がするから、なんとなく自分として風俗童貞だなぁという気恥ずかしさがあったりもする。

僕が風俗に行かない、その理由は実にはそれ以外にもあって、四十歳ぐらいになってオンナを口説くパワーが無くなったら、あるいは相手の女性を楽しませる自信がなくなったら、そのときは風俗を解禁してプロの方のお世話になろうと企んでいるのでもある。なんというか、僕としては風俗は将来のお楽しみとして取って置いている感じなのだ。

それ以外にも、もし風俗のお姉さんがあまりにも上手で、それ以後自分の抱くオンナについて、その彼女のテクニックを風俗のそれと比較してしまうようなことがあったらそれはイヤだなぁと、そう感じている部分もあったりするけど……。

まあこのあたり、ビビっていると言われたらそれはその通りかもしれない。否定はしないけど、まあ出来たらそのへんは突っ込まないでいてもらいたいところだ。

で、実は僕は、風俗に行ったことがないだけでなく、自分のお金でキャバクラに行ったこともない。会社に勤めていたときは、上司や先輩のお誘いで連れて行ってもらったことはあるし、僕をいくらか気に入ってくれた部長は、六本木の某クラブ、某政党の党首が来るような会員制のクラブで二時間もいれば一人当たり五万円とか取られるようなところに僕をしょっちゅう連れて行ってくれたりもして、それはそれでさすがにびっくりするような綺麗な人がいてとても楽しかったのだけれども、じゃあ自分のお金で行ったことがあるかと問われたら実はそれが無いし、自分の積極的な意思で行ったことがあるかと問われたらそもそもそれも無いのである。それはひとつにはお金がないからという理由も無いではないが、実のところ気に入ったオンナを本気で口説くためのデートをすればお金がかかるという面では似たり寄ったりなので、資金面というのは本当の理由では無いだろう。

僕がキャバクラに行かないのは、なんというか、キャバクラのノリがいまいち僕には理解できないからだ。キャバクラというと、テキトーにイメージするところでは、小金持ちのちょいワルおじさまが、オレはこんなに大きな仕事をしてるんだよというような自慢話をしている、そしてオンナのコはそれを誉めそやしたり冷やかしてからかったりしてはしゃいでいる、そんなイメージで、それはまた実際そのイメージのまんまの現場だったりするのだけれども、僕にはどうもそのノリが合わないのである。なぜだろう、どうしてキャバクラ好きのオトコたちは、ああしてホステスさんに対して堂々とお客様としての態度を出せて、自慢話をしたり、あるいは自慢話でなくても普通の話ができるのだろうか。僕にはそれがわからない。別にこれは、キャバクラとキャバクラ好きのオトコを攻撃しているのではない。単に僕はそれが苦手だと言いたいのだ。

なぜ苦手か?

それは、僕の感覚では、ホステスさんとお客さんでは、どうしてもホステスさんの方がエラいような気がしてしまうからだ。ホステスさんの方がエラいのに、どうしてオトコのほうがお客様としてエラい方の立場に立てるのか、それが僕にはいまいちつかめないのだ。

なぜ、お金を払っているお客様でなく、ホステスの方がエラいと感じるか。

それは単純に、僕の目には「お金を払ってこのオンナのコに会わせてもらっている」というように、キャバクラという状況そのものが映るからだ。言わなくても当たり前のことだが、そこにいるオトコとオンナは、本音からお互いが会いたいわけでは決してない。オトコが一方的に、そのオンナに会いたいだけなのだ。だからオトコの側は、お金を払ってでもそのオンナに会いにくる。小金持ちのちょいワルおじさまが、いくらカッコイイ人だったとしても、相手のオンナがお金を払ってまで会いに来るということはまずありえないだろう。だから、カンタンに言ってオンナの方がエラいと僕は感じるのである。(正確に言うなら、最小関心はオンナの側だ、ということになるだろうか)

「会いたくない」と言っているオンナに、「お金出すから会ってくれ」と口説くオトコは、はたして立派だろうか?

もちろん、立派なわけはない。お金を払うから会ってくれというのは、はっきりいって口説きとしては最低の部類である。その金額が数百万とかになれば、それはまぁ石油王的な口説きでカッコイイのかもしれないが、お小遣い程度の金額ではどうしてもカッコよくない。

そんなわけで、僕はキャバクラに行くと、それはまぁ綺麗な人がいるので楽しいのは楽しいのだけれども、やはりどことなく、「オトコってさもしいよなぁ」とか「オレって小さいよなぁ」とか、そういう感覚が生まれてしまうのである。だから僕は、自分でお金を払ってまでキャバクラに行こうと思わないし、自分の積極的な意思でキャバクラに行こうとも思わない。そういう細かいところを気にすること自体が人間として小さいと言われればそれまでだが、まあそういうところは小さくてもいいかなと僕は思っている。

僕はいつだったか、このことをかつての同僚に話したことがある。そしてそれは、思いがけず面白い展開にもなった。

「どこまで行ったって、オトコよりオンナのほうが偉いんだよ」
「……そうか?オレはオトコとして、自分のオンナを守ってやりたいとか、そういうふうに思うから、そういう意味ではオトコのほうがやっぱり上位だと、また上位であるべきだと思うんだけどな」
「うん、そうなんだけど、そこの捉え方が逆なんだよ。オレたちはさ、オンナを守ろうとか、オンナを楽しませようとか、自然にそう思っちゃうじゃない。それがもう、下位といえば下位なんだよ。オレたちがさ、ただ身奇麗にしているだけで、誰かがお金をかけてオレたちに会いに来たり、オレたちを守りたいとか楽しませたいとか、そう思ったりはしないだろ?」
「ああ、そうか。なるほど、オレはそういう方向で考えたことはなかったなぁ。そうか、確かにオレたちは、オンナに守ってもらえないし、お金を払って会いに来てくれるわけじゃないよなぁ」
「そうなんだよ。これはさ、上位下位って言い方すると語弊はあるんだけど、あえてその言い方で行けばオレたちは下位なんだよ。例えばさ、赤ちゃんは母親に庇護してもらえないと、それこそ数日で死んじゃうわけなんだけど、普通は母親が、健やかに育ててみせると必死になるじゃない。これは、一見して母親が庇護者で、上位に見えるんだけど、実はそうじゃないんだ。赤ちゃんに愛情を注がずにはおれない、母親のほうが下位なんだ」

僕がこの話をすると、その友人は、ウーンと突然難しい顔をして考え込みだした。

そして、これは重要なことに触れているな、と言ったのである。

「なんか、お前はすごく重要なことを言っているような気がするなあ。うまく言えないけど、あれか、お前が言うのは、愛情を与えてあげますって考える立場の全否定で、愛情を与えたい、愛情を与えさせてほしいんだと、そう考える立場の肯定なわけか。なるほどな」

この友人は、頭のいいやつだった。

ついでに言うと、すごくオンナにモテるやつだった。

(だから、こいつと合コンとかすると厳しかったんだ。モテ度はたいていオレが負けていたから)

(いや、でもたまには勝ったよ。たまにはね)




■かわいくなりたいオトコたち。


今回は、オトコとオンナ、そのそれぞれをどう捉えるべきかという、すごく根本的なところについて考えることにした。一言で言うなら、「男女観について」ということになるだろうか。僕たちは恋愛観という言葉をけっこう使うけど、男女観という言葉はあまり使わない。使ったことがないかもしれない。どうもそれは、考え方として片手落ちというか、大事なところが抜けているじゃないかと最近僕には思われてきたのだ。

男女が恋愛するなら、恋愛観どうこうの前に、男女観が先に議論されていいはずだろう。男女観を考えることなしに恋愛観について考えるのは、コーヒーと牛乳をそれぞれ吟味せずにコーヒー牛乳について論じているように滑稽だ。

僕たちが恋愛観どうこうを口にするとき、その多くは恋愛観より手前の、この男女観について触れていたりするものだしね……。

そんなわけで今回は、男女観の話。男女観といっても、全領域に渡って書き綴ると僕が過労死するので、今僕が一番気になっているトピックについてだけになるけど。

男女観。

男女観が整っていないと、恋愛もやはり整わない。

と僕は思っていたりする。


***


かわいくなりたいオトコたち。

そういうオトコたちが、世の中に増えてきている。あるいは、増えた。

昔、女性が強くなったというようなことが、僕たちを洗脳するかのごとく通説としてマスコミその他で流行ったことがあった。実際のところ、企業で働くときなんかはまだまだ女性は思いっきりサベツされているし、出産してからバリバリ仕事している女性というのも実のところ極少数派なのだけれども、それでもひとまず僕たちの男女観の前提として、「女性は強くなった」ということがデーンと据えられることになった。

女性は強くなった。亭主関白なんて死語どころか軽蔑の対象になる言葉だし、一回寝ただけでそのオンナは自分のモノになったと思い込むオトコはクズだと思われるし、オレ好みのオンナに育ててやるなんて言った日には通報されかねない昨今である。

(実際には、そういうオトコのわかりやすいリードを、求めているオンナはいくらでもいるんだけど……僕たちの思想と現実は思いっきり乖離しているなあ)

さて、オンナは強くなったとして、オトコの側はどうなったか。オトコは弱くなった、というように言われる。それは確かに事実であり、僕を含めてオトコどもはかなり弱りきっている。

でもオトコたちは、オンナを手に入れたいし、そのためにはモテなくてはいけないので、弱いなりに、生き残りの道を探し始めた。生き残りの道と言っても、かつての強いオトコ像を復古するのは難しい。一部の本当に実力のある強者たちにはそれができても、凡人たる僕たちにはなかなか難しいので、それとは別の生き残りの道を探し始めた。

そこで、たどり着いた道とは何か?

それは、「かわいいオトコ」という道である。

かわいいオトコ。これはもう、その発想自体がかなりオンナの側に擦り寄ったものだと言わざるを得ない。なぜなら、「かわいい」という言葉自体、もともとは女の子だけが使用できる特別な言葉だったからだ。「かわいいオトコ」なんて存在は、その言葉からしてオンナの側に取り入ろうとしていると考えなくてはいけないだろう。が、実際のこととしてこの道へ進むオトコは増えていると認めねばならないし、それは成功しているということも認めねばならない。それは、テレビを観ているだけでもかなり目に付く光景である。お笑いブームの到来と同時に、気がつけばお笑い芸人のオトコたちは、眉を剃って化粧をし、身奇麗なだけでなく愛嬌のあるキャラクターたることを意識した身なりをしている。アンガールズや長州小力なんかは、キモカワイイという路線を目指し(路線を創った、と言うべきか)、実際にそれでうまくやっている。大阪なら未だにお笑いの舞台の客席には年配の夫婦などが多いが、東京ではその大半が若い女の子だ。女の子たちは、愛嬌のあるお笑い芸人、すなわち「面白くてかわいいオトコ」に黄色い声を上げる。かつての、キャラクター作りなど考えたこともなさそうなやすきよの漫才や、汗臭く泥臭いドリフターズのコントなどと比べれば、まさに隔世の感である。

そのことだけを見ても、「これは、かわいいオトコのブームということなんだろうなぁ」と、僕などは感じてどことなく憂鬱な気分になる。念のため言っておくが、僕はかわいいオトコのブームがけしからんと思っているのではないし、自分がその系統で無いことをぼやいてかわいいオトコに嫉妬しているのでもない。ただ僕は、かわいいオトコなんて、そんなの本当にオンナが求めているオトコたりえるのか、そんなわけないだろうと思えて、そのことに少しばかりため息をつきたくなるのである。

かわいいオトコのブームは間違いなく来ていて、そのことは僕たちの生活に実際のこととして影響してきている。

かわいいオトコは、あなたに熱心にメールを送ってくるだろう。丁寧でよく気がついて、まめな感じで好感の持てるメールだ。

それを受け取ったオンナとしては、あら、わたしに好意を寄せてくれてるのかな、と嬉しく思うだろう。

でもかわいいオトコは、そこから踏み込んでこない。異性としてのアプローチもなければ、性的なアプローチもない。微妙に仲良くなりがっているような気配をちらつかせつつも、明確なアプローチがあるかというと、無い。デートをしたりしても、口説いてくるでもなければ、手をつないでくるでもなし、まるでそのことが望みかというように、友達モードとしての安穏とした会話を続ける。そして、実際に会っているときにはオトコとして迫ってくるわけでもないのに、メールの頻度は妙に高い。

そういうオトコは、何をやろうとしているのか?

彼らは、オンナからアプローチされるのを待っているのだ。彼らは、自分から明確なアプローチはしない。なぜか? それは、彼らがかわいいオトコだからだとしか言いようが無い。かわいいオトコは、かつてのかわいいオンナと同じように、相手から誘われるのをいじらしく待っているのだ。そしてそうやって待っている自分について、僕って自信無い人だなぁと、自分のことをかわいらしく思っていたりする。

そして彼らは、狙い通りオンナの側から誘われたら、大仰に喜んでみせるだろう。

やはりかつての、かわいいオンナたちと同じように。

(いかん、書いててなんだか疲れてきた)

ええと、ここからの話は、次の言葉を定義してから進めることにしよう。

ここまで話してきた、かわいいオトコ、かわいくなりたいオトコたちについて、何かしらの呼称が必要だと思う。

かわいいオトコと呼ぶと、ちょっと正確で無いところも出てきてしまう。強くたくましいオトコにだって、かわいいところはあったりするから、そのあたりに誤解を生みそうで言葉として上手くない。

もっとこう、強くもたくましくもなく、かわいさがあるというのじゃなくて、かわいさを売りにしてオンナに受けようとしているオトコたち、自信が無いから相手からアプローチしてもらおうと待っているオトコたち、そういうのを指し示す言葉……。

(あれ、なんかオレはひどいことを言っているだろうか。そんな気もしてきた)

「かわいい君」

そうだな、これでいこう。「かわいい君」。

音も字面も弱々しくて、イメージにあった造語だ。

そういうオトコを、「かわいい君」と呼ぶことにします。




■オンナから誘うのは、果たしてアリなのかナシなのか。


彼からは毎日のようにメールは来るんです、でも学校で会ったときには全然話しかけてこないし、なんなんでしょう、ただのメル友なのかなとしばらくはそう思ってたんですが、こないだ突然デートに誘われて、それはわたしもイヤじゃなかったんで素直に受けたんですけど、それも映画観て食事してそれでオシマイで、夜になって帰り道とかはそれなりにそれっぽいムードといえばムードだったんですけど、それらしい話もなければ、手をつないだりもしてこないし、なんかよくわかんないなぁと思っていたら、後ですぐメールが来て、今日はとっても楽しかった、ぜひまた一緒に遊びに行こうね、なんて書いてあったんですよ、これはなんなんでしょう、彼はわたしと友達になりたいってことで、恋心はまったく無いっていうことなんですかね? オトコって、オンナ友達ということだけで、こんなに熱心になるものなんですかね? しかもそれからもう二週間が経って、相変わらずメールは毎日くるのに、別に誘ってくるわけでもないのですが、これはどういうことだと捉えればいいんですかね? 普通こういうときって、次はオンナのほうから誘うものなんですか?

彼とは元同僚だったんですが、こないだ偶然街で会って、そこでメルアドを交換して以来、メール交換をひんぱんにしてます、それでこないだ、一緒にお酒でも飲みましょうというお話になって、それはそれで楽しくて、それから終電がなくなったのでホテルで休もうかという話になって、まあわたしもそういうのあまりお堅いほうでもないし、それなりに気に入っている人だからまあいいかと思って一緒にホテルに行ったんですが、それぞれにシャワーを浴びて一緒のベッドで寝たのに、彼は何も言わず手をつないできただけで、結局そのまま二人とも寝てしまったんです、手をつなぎながらいくらか、深い会話もしたんですけど、結局彼からは言葉としてもアプローチなしでした、そして翌日、バイバイしてからすぐにメールがあって、楽しかった、またゆっくり話が出来たらうれしいです、みたいなことが書いてあったんです、これはどういうことなんでしょう、彼としてはわたしにオンナとしての魅力は感じてなくて、本当にただゆっくり話をしたいだけなんでしょうか?

そういう話を、僕はよく聞く。恋愛相談として聞く話の中にはそういうものが多いし、単に耳に挟むという話でもそういう話はとても多い。

こういう話について、アドバイスめいたものを求められると僕としては非常に困る。彼はきっと「かわいい君」で、あなたから迫ってきてくれるのをいじらしく待っているんです、だからあなたから迫って、なんならあなたが彼を押し倒してしまっていいと思います、と、そんなことを僕としては言うわけにはいかない。かといって、そういうオトコは一般的にヘタレとかフヌケとか呼ばれるオトコで、そういうのに関わっているとあなたのオトコ運が死んでしまいますからソッコーで縁を切るといいと思います、と、そこまで言うわけにはいかない。

でも、じゃあ実際のこととして、こういうオトコがあなたの目の前にいたとき、あなたはどうすればいいのだろう? 実はこのことについては、僕は明確な解答をまだ持っていない。そんなオトコに関わるなといったって、僕たちの環境にはそんなに豊かに出会いがあるわけでもないから関係をそのまま破棄するというのはもったいないし、またオンナのコはなんだかんだ言ってやさしいコが多いので、そこまで無碍に扱うのも心苦しいと思うものだから、実際にはそんなにあっさりとはいかないものである。

しかし、じゃあ本当にどうすればいいのだろうか。彼から積極的なアプローチが出てくるまでじっと待ち続けるか、オンナのほうからアプローチしてしまうか。次のデートをオンナのほうから誘ってしまうか、ベッドの上でオンナのほうからオトコをぐいっと抱き寄せてしまうか。

こう考えていくと、なぜかわからないがちょっと気分が暗くなってくる。初めてセックスするときに、その決定的なアプローチは、はたしてオンナの側からでいいのだろうか? はっきりいって、僕はそういうのが好きではない。そういうのは不自然というか、どこか歪んでいるように思うからだ。セックスというのは行為自体がオトコの能動性によって成立するものなのだし、単純にセックスしたいという真っ直ぐな衝動はオトコの側が生来的に持っているものなのだから、どう考えたって決定的なアプローチはオトコの側から提出されるべきだと思う。僕の場合、一度だけ意味不明なままオンナに押し倒されたことは実際にあるが、そういう特殊な例を除いては、僕は全て自分のほうから決定的なアプローチを示してきたつもりだ。

「会いたい」
「あなたはステキだと思う、あなたと親しくなりたい」
「抱かせて欲しい」

オトコの側から、喫として凛々しく、そう申し出ることが、恋愛の大事なワンシーンだと僕は思うのだけど、みんなはどう思ってるのかな……。

このあたり、本当に僕は、まだ明確な解答を持ってはいない。僕の場合は、九割がたは僕のほうからデートに誘っているはずだし、初めてのベッドに誘うときは百パーセント僕のほうからだ。知り合ったオンナから先にメールをもらってしまうと、しまった失礼なことをしたと思うし、デートになれば僕のほうから手をつなぐ。でも、それがオンナの側からであってもいいじゃないかと、そう言われたらそういう気もしてくるし、かといって自分の場合はどうかと考えると、自分の場合はやっぱりオトコである自分の側からやりたい、と思ってしまう。

みんなは、どう思っているんだろう。メールする、電話する、デートを申し込む、デートで手をつなぐ、口説く、抱き寄せる、キスする、ベッドに誘う、そういうシーンにおけるアプローチのひとつひとつは、はたしてどこまでがオンナの側からでもOKで、どこからはオトコの側からであるべきだろう?

この点、「かわいい君」はハッキリしている。「かわいい君」は、決して自分からアプローチしない。本人としてはアプローチしているつもりでも、結局は相手のアプローチが出てこないかなぁと、相手にまとわりついているだけになっている。これは、女々しいと言われてもしょうがないだろう。むしろ、女々しいという言葉自体が、かわいい君のために用意された言葉であるかのようにさえ僕には感じられてくる。

「かわいい君」は、女々しく、深窓のご令嬢のように臆病である。そのくせ、自分からアプローチしない分、断られるリスクとか嫌われるリスクとか、そういうことに立ち向かわなくていいからラクだと、無意識で計算高かったりもするのだからタチが悪い。

あなたはそんな「かわいい君」の、受動性をどこまで認めていく立場だろう。

(言い方が大仰になったな)

あなたは、いつまで経っても誘いをかけてこないオトコを自分からデートに誘って、もしそれを断られたら、どのように感じるだろうか?

ベッドの上でモジモジしている彼に、あなたが思い切って「抱いて」とお願いしたとして、彼がいまいち乗り気で無いふうの態度だったら、あなたは傷つかずにいられるだろうか?

そう考えていくと、かわいい君と付き合っていっても、あなたがダメージを受けるばかりなんじゃないのかと、オンナとしての自尊心を傷つけられるばかりなのじゃないのかと、そういうふうに僕には思われてきたりもするのだけれど……。




■「かわいい君には興味無いの」。オンナははっきりそう言うべきだ。


ええと、ここまでいくらか、かわいい君について非難の語調になりすぎたかもしれない。そのことをお詫びしておきます。ごめんなさい。女性読者のみなさま、僕はあなたの恋人のことを非難しているわけでは決して無いし、男性読者のみなさま、今回の話がいくらかあなた自身に当てはまることがあったとしても、僕はあなたを非難しているわけではありません。

僕が言いたいのは、今僕たちが生きている環境に、明らかにそういう傾向が起こってきているということと、その傾向に順応しつつある人は、そのままではどこかでうまくいかなくなるからどこかで軌道修正しないと損しますよと、軌道修正したほうがステキな恋愛になりますよと、そういうことなのです。

まあそのあたり、強い調子で書いてしまうのは、読んでくれる人が退屈しないようにと、そう考えての僕の芸風だと思っていてください。

(こうやって謝ってしまうところが、オレ自身としてもかわいい君への傾向があるということの何よりの証左だな)

さて、かわいい君について話の続き。

かわいい君は、増えてきた。むしろ、かわいい君じゃない人を探すほうが大変だ、というような気さえしてくる。特に、若い人の間ではそうだ。見た目はどれだけ、ストリート系やヒップホップ系で強気な感じにしていても、中身はまったくのかわいい君ですというようなことがよくある。オレはお前に会いたい、オレはお前に興味がある、オレはお前のことが好きだ、オレはお前が抱きたい、そういうことを言えないオトコ、そういう迫り方ができないオトコがたくさんいて、オンナたちは苦労させられている。

それでいて、そういうかわいい君たちも、やはりオトコである以上、基本的にはスケベ人間として神様に設計されているのだから話はややこしい。それは言うならば、かわいい君は自分から決定的なアプローチをしないままに、かわいく振る舞いながら、内心では何かいいことが起こらないかなぁとか相手から来ないかなぁとかハァハァしながら期待しているという状態だ。それはオンナとして、想像して気分のいいものだろうか? そんなわけはない、と僕は思う。それを本当にかわいいとオンナたちが思い出したらオシマイだ。もう僕たちの恋愛はめちゃくちゃになってしまうだろう。

オンナはやっぱり、オトコには芯の部分でビシッとしていてほしいと、そう願っているものだと僕は信じている。また、これは僕自身に言い聞かせるためのものでもあるのだけれども、オトコはオトコとして、所詮神様にスケベ人間として設計されているのだから、かわいい君をやっているには限界があるし、本当は普通にスケベ人間なのにかわいい君を装ってオンナといいコトになろうというのは厚かましすぎるというものだ。オトコはオトコとして、堂々たるスケベ人間として、オンナに言い寄っていかなくてはならない。

実際のこととして、オトコらしさとか父権とか、昔の言い方で言うところの共同幻想というやつは無くなってしまったので、確かに昔のやり方のままでオトコは生きていけなくなった。暖めてあげようオーマイリトルガールと、尾崎豊みたいにカッコイイことは誰も言えなくなったし、毎日お前の味噌汁が飲みたいとプロポーズなんかしたら、わたしは飯炊きオンナじゃありませんからと冷たく言われかねない。

しかしだ、そんな中で、表面上はかわいい君をある程度やることはあるにしても、芯の部分までそれに犯されてはいけないと僕は思う。

今のところ、かわいい君でやってるオトコも、各シーン、節目節目でビシッとしたところを見せれば、それがギャップになってかえってイイんじゃないかなぁなんて、僕は思ってたりもするんだけどね……。

さて、このかわいい君増加の傾向の中、僕たちはどうすればいいか。特に、この文章は一応女性向けに書いているつもりなので、オンナたちはどうすればいいか。オトコたちが、やむなきこととしてかわいい君になっていってしまうこの状況、オンナたちとしても、そういうオトコには一切関わらないでいこうと、そうバッサリ切り捨てるわけにもいかないというこの状況の中で、オンナたちはどうすればいいか。

これについて、僕に一つ提案がある。

オンナたちは、一度、はっきりこう言ってみたらどうだろうか?

「わたし、かわいい君には興味ないの」

ここまで言うのは難しいとなったら、次のような具合でもまあいいかもしれない。

「わたし、かわいい君とは、仲良くはなれても好きにはなれないなぁ」
「わたしもオンナだから、かわいい君は、オトコとしては尊敬できないよ」

これは、実際にあなたを困惑させているオトコに、直接向けて言う宣言であってもいいし、あなたがあなた自身の男女観を確認する、自分に向けての宣言であってもいい。

この宣言によって、何を期待できるか? それはまず、相手の気持ちを入れ替えさせるということ、要するにオトコをオトコとして鍛えることができるんじゃないか、ということだ。決定的なアプローチはしてこないものの、微妙に好感度の高い、まめな連絡を取ってくるオトコに向けて、「かわいい君には興味無いの」と言ってみる。言い方は、別に冷たくなくていいしつっけんどんにもならなくていい。やさしくでもいいから、言ってみる。

言ってみると、どうなるだろうか? こう言われて、怯んで引き下がるようなオトコなら、それはもうさすがに見込みが無いので見捨ててしまったほうがいい。でも普通のオトコなら、大事なメッセージを突きつけられたということはすぐにわかるはずだし、むしろ「そうか、オレは今、もっとビシッとしたオトコになってくれと、目の前のオンナに求められているんだ」と、勇気とガッツが湧いてきさえするはずだ。

(言ってみても意味が通じなかったら、それはもう相手のオトコがバカなのでさっさと逃げましょう)

(ところで、ガッツという言葉をものすごく久しぶりに使った。恥ずかしい感じがする。なぜだろう、僕たちはいつのまにガッツという言葉を捨てたんだろう。僕たちは、ガッツを必要としていないのだろうか? それは本当にそうか? まあこれは、今は関係ない話だけど、ちょっと気になってしまったので書いてみた)

これは言い換えてみれば、オンナたちにはそうはっきり言ってもらって、僕を含めた世のオトコどもを、覚醒させてやってほしいということでもある。「かわいい君には興味ないの」。なんというか、僕を含めてオトコというのは基本的にバカでのんきだから、オンナにはっきりそう言われないうちは、なかなか自分を自分で覚醒させられないものなのだ。

そして、これはオンナが自分に対する宣言としても、意味のあるものだと僕は思う。「かわいい君には興味ないの」。はっきりそう言ってしまえば、あなたがかわいい君と仲良くなって、どうしたらいいのかわからなくなったときに、「そっか、彼のことキライじゃないし、ちょっと恋愛の予感にドキドキしたけど、でも彼はかわいい君だもんね」と、そう思いなおして気持ちのバランスを保つことができよう。

今これを読んでいる人の中にも、きっとそういうかわいい君に困惑させられている人はいるだろうから、その人は早速この宣言を寝る前にやってみることをおすすめする。彼は一体わたしのことをどう思っているんだろうと、そう考えてモヤモヤするよりは、「まあ、かわいい君なんだろうな」と、そう思ったほうがスッキリして眠れるだろう。

そんなわけで、さしあたり今回の話の僕としての結論。

「かわいい君には興味ないの」。

この宣言が、ひとまず今の僕たちに、いくらか有効であると僕は思う。

この宣言によって、あなたにとって微妙な感じの彼も、ビシッとしてステキな恋人になるかもしれない。

「かわいい君には興味ないの」。

目の前のオンナにこういわれたら、僕だってビシッとなってしまいます。

そして同時に、そう言ってくれたオンナに、僕は感謝もするだろうね。大事なメッセージを、勇気を持って伝えてくれたことに。

そして僕なら、そうやって僕の目を覚まさせてくれるオンナとこそ、たくさんの時間を共有したいとも思うかな……。

オトコってのはそういうものです。

では今回はこのへんで。

じゃあまたね。






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