第一講 いたわり /Quali,恋愛レクチャー集
問1.労の返報
あなたは先週、彼氏とのデートを直前でキャンセルし、今週もまた、キャンセルしてしまいました。
このとき、あなたが彼を「いたわる」として、あなたはどうすべきですか。答えなさい。
×誤答例
・「本当にごめん!」とメールし、真剣に反省する。
○正答例
・ただちに電話を複数回入れる。
■解説
「労」の字に注目しましょう。「労り(いたわり)」、「労い(ねぎらい)」、両方を「労」の字で表します。労力、疲労、苦労、といった熟語にも注目しましょう。
「労り」とは、この「労」が返報されることです。返報とは、報われる、ということです。
メールを送って反省するということには、あなたの「労」は費やされていません。一方、電話を複数回かけることは、労力を消費しています。その消費した労力のことを「労り」と呼びます。
労力を消費していないかぎり、労りにはなりません。気持ちだけでは、労りにならないのです。
問2.労りの技術
デートをキャンセルしたとき、無駄になってしまう彼の「労」には、どのようなものがありえますか。列挙しなさい。
×誤答例
・気分を悪くさせた。
○正答例
・彼は日程の調整に苦労し、また他の誘いを断ったかもしれず、デートコースの設定に労力をかけ、どこかに予約を入れていたかもしれない。また、楽しみにしていたものを取り消す心の整理の苦労があり、退屈になってしまう週末に新しく予定を立てるのに疲労するかもしれない。
■解説
労りは技術です。気持ちの問題ではありません。
第一に必要なのは、彼の「労」がどのようでありうるかを、想像する技術です。労が返報されるにしても、まず彼の「労」を想像する技術がないと、どう返報してよいやらわからない。
誤答例を見ましょう。「彼を、気分悪くさせてしまった」。こうして反省し、悪く思うことは誠実に見えます。けれどもそれは「労り」ではないのです。反省とは、自分の心の内の問題であって、誰かに届くものではありません。
▼復習ポイント
反省が無くても労りはできる、ということに注目しましょう。
問3.労りの性質
彼に謝罪の電話を掛けたところ、三回目の電話でようやく通じた。あなたは謝罪したが、彼は機嫌を直してはくれなかった。
このとき、労りは成立していますか。答えなさい。また、より大きな労りを向けるとしたら、あくまで電話口でも、どのような方法がありえますか。合わせて答えなさい。
×誤答例
・彼の機嫌が直らないかぎり、労ったとは言えない。より大きな労りとしては、「自分が悪かった」と認めるべき。
○正答例
・複数回電話を掛けるという労力によって、労りは成立している。ただし、労りだけで全てが解決するとは限らない。より大きな労りとしては、電話口でも、きちんと起立して話す等、何かしらで労を消費する方法があり得る。また、「次のデートを、わたしに仕切らせて」と、次に自分から(労を費やして)誘うことを告げる方法もありうる。
■解説
労りは、ただするべきものであって、全てを解決すると決まったものではありません。
そして労りは労の返報で、いかに自分が労を費やすかということが問題になります。
問4.作法的労役
あなたは取引先との打ち合わせをキャンセルすることになりました。このときあなたは、メールで済まそうとせず、複数回電話を入れ、またきちんと起立して謝罪しようとします。
なぜ仕事ではそれが当然で、プライヴェートではそうでなくなりがちですか。答えなさい。
×誤答例
・仕事には立場があるから。また、関係が悪くなると、取引に支障が出るから。
○正答例
・仕事においては、労役が前面に捉えられているから。
■解説
労りとは、労が返報されるということですが、労が消費されるということは、すなわち労役です。「労り」の労役は、対価を得るためでなく、作法のために費やされます。これを「作法的労役」と本レクチャーでは呼びます。
職場、仕事の最中は、各人は自分を労役をする者だと捉えています。取引先では起立したまま先方を待ち、また上司に呼ばれたらまず座席を立ち上がるのが当然とされるようにです。
プライヴェートではこの労役が必要ないと捉えられがちです。それでしばしば、プライヴェートでは作法が失われます。たしかにプライヴェートは労役のための時間ではないのですが、作法的労役についてはその限りではないのです。
問5.マナーと労り
Aは煙草を吸っていたところ、隣席に赤子を抱えた女性が来たので、煙草の火を消し、その場での喫煙をあきらめた。それを見て、女性はAを呼び止めて礼を言った。
ここに見られる人々の気分のよさについて、マナーと労りを対比して説明しなさい。
×誤答例
・赤ちゃんがいたら煙草はやめるのがマナー。このマナーを守れない人は労りがない。
○正答例
・Aはマナーから喫煙を中断したかもしれない。そのAの労について、女性は「わざわざ呼び止める」という労を費やして返報した。つまり、女性がAを労わっている。
■解説
マナーはときに、むしろ労りの精神を失わせます。たとえば、電車では老人に席を譲るのがマナーだとした場合、老人以外には譲らなくてよい、それはマナー外だ、ということになります。
けれども本当はそうではない。同じ一時間の道程を行くものなら、誰と三十分ごと座席を譲り合っても別にかまわないのです。
仮に老人に「労り」から座席を譲る場合、「労」への想像力が媒介します。老人の足腰で起立を保つのは、若者がそれをするより労が重い。それを代わりに引き受けようと思い立ち、自らの労を消費するのが労りです。
マナーはそれのルール化です。たとえば自動車は交差点で左方優先となりますが、これは労りではありません。
問6.労を惜しむ
あなたはある男性からデートの誘いをメールで受けました。あなたは「どうしようかな」と考え始めます。
「労り」の観点からは、この時点で、労わるべきを見逃しています。なぜですか。また、労るためにはどうすべきでしたか。答えなさい。
×誤答例
・せっかく誘ってくれているのだから受けるべき。労を惜しむべきではない。どうしてもイヤならしょうがないけれど。
○正答例
ただちに電話を複数回入れる。誘いを受けるか断るかの前に、「誘い」そのものの労に返報する必要がある。
■解説
まるで引っ掛け問題で、正答は第一問と同じになります。
誘いのメールを受け取った時点では、「あら」という喜びがあります。なんであれ、自分に向けて労を費やしてくれたことへの喜びです。この瞬間は、まず礼を伝えたい気持ちが生きています。
けれども、「どうしようかな」と考え始めたとき(数秒後のことです)、それは自分の選択の問題にすりかわっており、相手の費やしてくれた労への想像力はすでに失われます。
労りの観点からは、ただちに電話を掛けて、「ちょっと考えさせてね」と言うのでよいのです。それならば、たとえ結果的に断られたとしても、先方は十分に報われた心地になります。
問7.労りを失わせるもの
人は、加齢や、ストレス苦、焦りなどによって、人への労りを失います。なぜですか。答えなさい。
×誤答例
・人の気持ちが見えなくなるから。また、自分が暗い気持ちになっているから。
○正答例
・作法的労役をする、その労力の余裕がなくなるから。
■解説
作法的労役は、労役ですから、労力を当然必要とします。その労力を、収益性のないことに割いていられないというとき、人はその作法的労役を拒否します。「そんなことやってられない」という心地になり、やがてその発想自体が消えうせていきます。
ひいては、労りを持ち、実践するためには、加齢・ストレス苦・焦りと相反して、若く・タフで・落ち着いている、ということが必要になります。
労りは技術ですが、その実践には労役へのタフネスが必要です。
問8.労りの無い環境
上司の仕事が粗雑で、あなたは書類を二度手間で作成しました。あなたが手早くそれをすると、上司は「やればできるじゃない」と賞賛しました。けれどもあなたはやる気をなくしていき、そのやる気のなさに今度は上司が不機嫌になっていきます。
この悪循環が起こったのはなぜですか。労りの観点から述べなさい。
×誤答例
・そもそも上司が無能で、さらにコミュニケーション不足だから。
○正答例
・労が無視され、想像もされなかったから。
■解説
労を積極的に費やしても「無駄」、「報われない」、と学習したことで、あなたの無気力が始まります。
上司が無能で、二度手間が発生したとしても、上司が「すまん」と労について頭を下げれば、悪循環は発生しません。
問9.具体的な労
あなたのミスについて先輩は大きな声で怒り、部屋から出て行ってしまいました。このときあなたはどうするべきですか。労りの観点から述べなさい。
×誤答例
・深く反省し、謝罪する。また、二度とミスのないように改善していく。
○正答例
走って先輩に追いつき、大きな声で「すいませんでした」と頭を下げる。
■解説
恋仲の二人が喧嘩をして、女性が飛び出していったところ、彼が追いかけてきてくれたら、怒りの気持ちが緩むということがあります。それは、彼女の心苦に向けて、彼が労を費やしてくれたことによります。労りの作用です。
走る、大きな声、頭を下げる、という身体的・具体的な労を消費することが、労りの作用を持ちます。
問10.労とプライド
A子さんは、「彼氏に、悪いと思ったら謝るけれど、頭を下げるというのはできない」と言いました。労りの観点から、A子さんを説得しなさい。
×誤答例
・自分が悪かったら頭を下げるのが当然。頭を下げないなら、本当には悪いと思っていない証拠だし、それもできない彼氏なら心を許せていない。
○正答例
・謝罪は是非の筋道を通すだけで、頭を下げるという労を費やさねば労りにはならない。彼を労るより自己のプライドを優先させるなら恋人ではない。
■解説
言葉での謝罪はできるけど、頭を下げるということはどうしてもできない、という人は、意外に少なくありません。謝罪は理性で出来ても、そこに労を費やすのはプライドに障るからです。一般に、損得勘定の激しい女性や、プライドが危機に瀕している男性に多くなります。
またこの労りの拒絶は、しばしば「甘え」を潜在させていることが多い。そこに「他人」を見ないので、「作法」に労を費やす意義が見えてこないのです。例題の場合だと、A子さんは、彼と別れるときになって、いままでありがとう、と頭を下げられる場合があります(そのときから他人になるからです)。甘えについては、この第一講では詳しく述べません。
問11.労の異化
あなたは仕事上のミスをし、取引先に損失を与えてしまいました。頭を下げ、「すいませんでした」と大きな声で言ったところ、先方は、「子供みたいなことやめてくれる?」と面倒くさそうに言いました。先方は何を求めていますか。答えなさい。
×誤答例
・取引先は、金銭で賠償する以外に収まらないということを言外に示している。
○正答例
・ビジネス・パーソンなので、身体的な労ではなく、ビジネス上の労で返報することを求めている。
■解説
労の返報は、身体的・具体的なものが第一ですが、それが別のものになることがあります。これを本レクチャーでは「労の異化」といいます。ビジネス上で付き合うとき、人はビジネス・パーソンであり、具体的な人間ではありません。
人が職業につき、職業人になるということは、労力を「成果」にすることができるということで、職業人としての労の返報は、その異化した労、何かしらの「成果」をもって返報を求められます。
問12.まとめ
以下の空欄を埋め、選択肢は正しいものを選びなさい。
労りは(1.気持ち 2.技術)であり、その本質は( )である。人を労るためには、まず人の労がどのようであるかを( )し、それに報いる形で、自己の労を(1.考える 2.消費する)ことで成立する。労りは、それだけで万事を解決するとは限らないものの、人同士が信頼しあう関係のために必要な、( )である。これがむしろ、職業的にこそ正しくこなされることが多いのは(ただちに電話を掛けるなど)、職業の現場では( )が前面に捉えられているからである。
労りはマナーと(1.異なる 2.類似する)。マナーは振る舞いのルール化であり、そこには人の労について( )するという手続きがなく、またマナー外のことに無頓着にさせることで、人々に労りを(1.失わせる 2.思い出させる)こともある。
人は一般に、( )、( )、( )などによって、労りを失う。労力に余裕がないため、労を( )のである。労りを失うとどうなるか。信頼ややる気を失う悪循環が起こる。それは互いに労が( )されないからである。労を費やしても無駄だ、ということが学習されてしまう。
労を費やすというのは難しいことではない。もっとも身近なのは、(1.言語的 2.具体的)な労である。代表的には、起立したり、人に( )を下げる、( )を出すというような、身体的な労を伴うものは、それだけで労りである。ただしこのことが、人によっては、やろうとしてもできない。それは労の消費が( )に障るからである。それが労りより優先されるので、労りは実現されない。
職業人とは労力を成果になしえる者のことを言う。これを労の( )という。職業人同士として信頼しあう場合、そちらの労のほうをもって報いることが求められることが多い。
○解答
労りは(技術)であり、その本質は(労の返報)である。人を労るためには、まず人の労がどのようであるかを(想像)し、それに報いる形で、自己の労を(消費する)ことで成立する。労りは、それだけで万事を解決するとは限らないものの、人同士が信頼しあう関係のために必要な、(作法的労役)である。これがむしろ、職業的にこそ正しくこなされることが多いのは(ただちに電話を掛けるなど)、職業の現場では(労役)が前面に捉えられているからである。
労りはマナーと(異なる)。マナーは振る舞いのルール化であり、そこには人の労について(想像)するという手続きがなく、またマナー外のことに無頓着にさせることで、人々に労りを(失わせる)こともある。
人は一般に、(加齢)、(ストレス苦)、(焦り)などによって、労りを失う。労力に余裕がないため、労を(惜しむ)のである。労りを失うとどうなるか。信頼ややる気を失う悪循環が起こる。それは互いに労が(返報)されないからである。労を費やしても無駄だ、ということが学習されてしまう。
労を費やすというのは難しいことではない。もっとも身近なのは、(具体的)な労である。代表的には、起立したり、人に(頭)を下げる、(声)を出すというような、身体的な労を伴うものは、それだけで労りである。ただしこのことが、人によっては、やろうとしてもできない。それは労の消費が(プライド)に障るからである。それが労りより優先されるので、労りは実現されない。
職業人とは労力を成果になしえる者のことを言う。これを労の(異化)という。職業人同士として信頼しあう場合、そちらの労のほうをもって報いることが求められることが多い。
あとがき.
「労り」とは何であるか、正しい知識は得られましたか。使い方の説明にあったとおり、スピードをもって繰り返し、丸暗記してください。
もしあなたが明日、学校で、「労りについて」という作文を課題に出されたら、猛烈な勢いで筆を進められるでしょう。それは昨日までのあなたにはなかったことです。そのことを喜び、より調子を上げて、ぐんぐん吸い上げましょう。
実践の前に知識が必要です。逆に言えば、知識は人を実践に掻き立てます。その証拠に、この知識に触れただけで、あなたはすでに、このことを今日からでも活かしていきたいと感じ始めていることでしょう。
労りについて……これはずいぶん、「おっくうだ」と感じた方もあるかもしれません。それはそのとおり、作法的な、労役であるから、それなりにしんどいのです。タフでなくてはやれない。けれども思い出してください、あなたのこれまでに触れた、やさしい人、付き合って報われる人というのは、みんなタフではありませんでしたか。
あなたがこの「労り」の技術を持ち、実践しはじめたとき、その利益は、人々があなたを「付き合える人」と認めることにあり、そしてなによりあなた自身が、人を労ることのできる、まともな人間だと、自分を認めて自信を持てるようになることにあります。その自信と誇らしさが掴めたとき、人は人を「労る」ということのおっくうさを、当然のものだとして、軽々と越えてゆけるのです。
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