第九講 素直 /Quali,恋愛レクチャー集
問1.方法としての素直さ
「お前が悪いよ、謝ってきなよ」と言われました。あなたはなぜ自分が悪いのかわかりません。あなたが「素直」であるためには、あなたはどうすればよいですか。答えなさい。
×誤答例
・よく考えて、自分が悪いことを自覚し、謝りに行く。
○正答例
・なぜ自分が悪いのか、わからなくても、謝りに行く。
■解説
「素直」というのは「方法」であって、気持ちの問題ではありません。
「お前が悪いよ」と言われたとき、どうかな? と考えるはたらきがあります。このはたらきを「勘案」といいます。
素直というのは、この勘案を挟まない方法です。この方法を自ら採ることが「素直」の実現です。
この例題では、「謝ってきなよ」と言われているだけで、「お前が悪いよ、自覚しなよ」とは言われていないことに注目してください。自分が悪いのではないか……と考えることは、誠実に見えますが、それは勘案ですので素直さは失うことになります。
問2.勘案
B君は「ブラウスを脱げ」と言いました。A子さんはブラウスを脱ぎながら、「悪い人ね」と言いました。A子さんは素直ですか。答えなさい。
×誤答例
・素直じゃない。自分もその気なら余計なことを言わなくていい。
○正答例
・素直。言われたことに勘案を挟んでいない。
■解説
B君は「だまってブラウスを脱げ」とは言っていません。
問3.勘案2
B君は「抱きたい」といい、A子さんは「はい」と応じました。D君は「抱きたい」といい、C子さんは「いいですよ」と応じました。それぞれの違いについて勘案の有無から答えなさい。
×誤答例
・「いいですよ」は、何か上から目線。
○正答例
・C子さんは「どうかな」と勘案し、勘案の結果として「いいですよ」と答えている。
■解説
もちろん交合の求めに応じるかどうかは、その女性の気持ち次第です。けれども、勘案の結果として応じるのと、素直さで応じるのとでは仕組みが違います。
問4.素直さの実際
あなたは徒競走に出ます。「位置について」「よーい」「ドン」。ここにありうるあなたの素直さについて述べなさい。
×誤答例
・素直に徒競走に出て、素直に全力で走る。
○正答例
・「位置について」「よーい」「ドン」の号令に、いちいち勘案せず、ただちに応じている。
■解説
当たり前ですが、「位置について」と言われたときに、「どうかな」と勘案する人はいません。このようなところで、我々は実は普段から素直さを実現しているのです。
別の例では、たとえば手術室における執刀医と器械出しの関係があります。執刀医が、「メス」「鉗子」「汗」と言うと、器械出しの人はただちに応じます。「どうかな」といちいち勘案しません。
学校では第一に、「前にならえ」の号令や、教師に対しての「起立」「礼」「着席」の振る舞いを教えられます。これは作法を習う以前に、「ただちに応じる」という素直さの「方法」を教えているのです。
問5.緊張感
A子さんは母親に「早くお風呂に入りなさい」と言われると、「わかってるよ、うるさいな」と応えます。けれどもクラブ活動で先輩に「早く片付けなさい」と言われると、「はい」と応じてすぐ動きます。なぜそのような差が生じますか。答えなさい。
×誤答例
・クラブ活動は真面目にやっているから。
○正答例
・クラブ活動のほうは「緊張感」があるから。
■解説
先の運動会の例や、手術室の例なども合わせて確認してください。人間は緊張感の条件下に置かれると、「勘案」を挟まなくなります。勘案が余分なものだと自然に感じ取るからです。
映画監督に指示を受ける女優をイメージしてください。緊張感のある撮影現場で、女優はいちいち「どうかな」と勘案はしません。あるいはリングの上にあるボクサーにセコンドから指示が飛ぶときも、ボクサーは「どうかな」と勘案しません。
素直さは緊張感によって成り立ち、また素直さは緊張感を伴うのです。
問6.信頼
A子さんとB君は交合しています。B君が「力抜いて」と言うと、A子さんは思わず言われたとおりにします。この関係性を何と呼びますか。答えなさい。
×誤答例
・恋人。
○正答例
・信頼関係。
■解説
第六講「自信」を思い出してください。信頼とは、「信」、つまり信号・シグナル・声といったものを、「頼る」ということでした。「自信」の場合は、それが「自分の声を頼る」になります。
例題の場合、A子さんがB君を信頼しているというのは、B君の声(信)を「頼っている」ということになります。A子さんはB君の声を信頼しているので、そこに勘案を挟む必要が無いのです。
問7.信頼2
C子さんはD君のことを好きで、また尊敬もしています。D君はC子さんに交合を求めました。C子さんは、それがイヤではないのですが、抵抗があり、頭が混乱して、拒絶してしまいます。
C子さんがD君を信頼できないのはなぜですか。答えなさい。
×誤答例
・D君がいまいちだから。あるいは、C子さんが慣れていないから。
○正答例
・C子さんに、自信が無いから。
■解説
第六講「自信」を思い出してください。自信の無い人は、外部の声や「こびりつき」の声に依存するようになります。C子さんは自信が無く、外部の声や「こびりつき」の声に依存しているので、D君の声も聞き取れないのです。
自分を信頼できない人は、誰かを信頼することもできません。自分に対してであれ、誰かに対してであれ、その声を「頼る」「頼む」というのが信頼です。
▼復習ポイント
「好き」「尊敬している」であっても、「信頼できる」にはならないことに注目しましょう。人はそもそもの「声を聞き取る」という機能自体を失うのです。
問8.信頼3
B君が「メシ行こう」というと、A子さんは「はい」と立ち上がって応じました。A子さんは微笑んでいます。あなたは二人をうらやましく思いました。何がうらやましく思えますか。答えなさい。
×誤答例
・仲良しで、幸せそうだから。
○正答例
・信頼関係と緊張感があるから。
■解説
信頼関係があるので、A子さんは「どうかな」と勘案しません。A子さんの勘案が無いので、B君の意志が二人にただちに共有されます。これを本レクチャーでは素直さの「一心同体性」と言います。一つの心を二つの体が共有しています。
人はこのような信頼関係を求め、またその実現を目にすると憧れを持ちます。
問9.信頼4
信頼関係でない二人、D君がC子さんに「メシ行こう」というと、C子さんはどう応じるでしょうか。答えなさい。
×誤答例
・「ごめんなさい」
○正答例
・「いいですよ」
■解説
ひとつ、C子さんが「勘案」をしていることに注目しましょう。
そしてもうひとつ、C子さんとD君の間に緊張感が無いことに注目しましょう。
問10.信頼5
「飲みに行きませんか」と誘われるより、「飲みに行こう」と誘われるほうがいい、とA子さんは言います。彼女がそう求める理由を説明しなさい。
×誤答例
・「飲みに行こう」のほうが男らしいから。
○正答例
・「飲みに行こう」「はい」という、信頼関係に希望を感じるから。
■解説
それで必ず信頼関係になれるわけではないですが、男性の側からそのような「信頼関係に立とう」という勇気が示されることを、A子さんは喜ばしく感じます。
問11.勘案の保険性
あなたは友人を誘うのに、「行こう!」と誘うより「行かない?」と誘うほうが気楽です。なぜ気楽になりますか。答えなさい。
×誤答例
・「行こう!」は、押し付けがましいから。
○正答例
・「行こう!」は一心同体性に立つ呼びかけなので、自分の心が共有されることへの怯みが起こる。
■解説
「行かない?」と誘い、「どうかな」と相手の勘案を誘えば、ここには両者の心が存在します。これから起こる出来事について、あなたの心だけが責任を負わずに済むので気楽になります。このことを本レクチャーでは勘案の「保険性」と呼びます。
「行かない?」と勘案を誘うことは、控えめで遠慮深く見えて、実は相手の心にも責任の負担を求めている、実は「あつかましい」行為なのです。
たとえば男が、「セックスしない?」と呼びかけてきたとき、そのあつかましさと、保険をかける卑怯さを、あなたは感じるはずです。
信頼関係を呼びかけ、素直さを求めるほうが、実は誠実で配慮のある振る舞いです。
問12.営みの最適化
「消しゴム貸して」と言われました。これについて、ただちに消しゴムを貸してあげるのと、「どうかな」と勘案し、「いいですよ」と消しゴムを貸すのとでは、どちらが合理的ですか。答えなさい。
×誤答例
・勘案し、困っている人は助けよう、と結論すべき。
○正答例
・勘案するだけエネルギーの無駄。
■解説
「勘案」を挟まないのが「素直」という方法です。つまり「素直」であれば「勘案」という手続きを省略することができます。当然、エネルギーの浪費は少なくなり、営みの進行は早く、合理的になります。これを本レクチャーでは素直さによる最適化と呼びます。
「消しゴム貸して」「はい」で済む、これ以上の最適化はありません。これは題材が消しゴムなのでわかりやすいのですが、消しゴムより大きなことを扱うとき、人はうっかり勘案に耽り、営みを不合理で最適化されていないものにしてしまうのです。またそれが、営みから緊張感を失わせる原因でもあります。
自動販売機でジュースを買うときを思い出してください。あなたはコインを入れてボタンを押し、ただちにジュースを入手します。ここにもし、あなたがまず食券を買い、その食券を自動販売機に入れ、ジュースを入手する、というシステムがあったらどうでしょうか。これは不合理で、エネルギーを無駄にする、トロくさいシステムです。
素直さというのは、勘案を省ける方法です。人は営みを大事にするのであって、勘案を大事にするのではありません。
問13.説得力
「女らしくしなさい」と言われ、A子さんは「はい」と答えました。C子さんは「そうですね、わかりました」と答えました。A子さんのほうが説得力があるのはなぜですか。答えなさい。
×誤答例
・C子さんはなんか真剣じゃないから。
○正答例
・A子さんはエネルギーの無駄が無いから。
■解説
バーゲンセールの会場に行くと、あなたはお目当てのところへ最短距離で行きませんか。その姿にはたいへん「説得力」があります。
人は何かを本当に求めているとき、その最短距離を進みます。その姿そのものが説得力を持ちます。C子さんは「勘案」を経て「納得」しているのですが、それは「女らしくする」ということへの最短距離ではありません。勘案を挟む分、エネルギーが無駄になっています。それはC子さんがそれを本当には求めていない証拠になります。だからC子さんの口ぶりには説得力がありません。
「女らしくしなさい」と言われて、「はい」と答えるより、他に最短の道筋はありえますか。勘案して納得するというのはすごく損です。同じく納得しているのに、エネルギーを損する上に、説得力まで失うのです。
問14.美質
「右手を挙げて」とあなたに言います。「はあ」とあなたが右手を挙げると、何でもありませんが、「右手を挙げて!」「はい!」とすばやく応じると、営みの価値が出現します。なぜですか、答えなさい。
×誤答例
・気合が入っているから。
○正答例
・素直であることそのものに価値があるから。
■解説
素直というのは、信頼関係であり、一心同体性です。保険をかけず、営みを最適化し、エネルギーの無駄をなくし、最短経路を採ります。だから説得力があり、そこには緊張感もある。
だから、素直であるということは、営みの内容に関係なく、それ自体が価値を持ちます。これを本レクチャーでは素直さの「美質」と言います。何をするかではなく、素直であることだけで、それ自体が美しいという価値を具えるのです。
男女がむつまじく外遊することをデートと言い、価値があるように捉えられていますが、その価値は互いが信頼関係にあり素直さで一心同体になっているからこそ価値が生まれるものです。素直さがなく、勘案が挟まれるようでは、デートに限らず二人の営みは価値を失って続かなくなります。
問15.まとめ
以下の空欄を埋め、選択肢は正しいものを選びなさい。
「素直」とは(1.気持ち 2.方法)である。営みの中に「( )」と考える、( )を挟まないやり方である。たとえば、「明日の夜会いたい」と言われて、「いいですよ」と答えるのは(1.素直である 2.素直ではない)。
「素直」というのは、それ自体に( )を持つ。それは( )関係であり、( )性であり、営みを( )し、( )を持つということだ。この素直さには、(1.くつろぎ 2.緊張感)が伴うのが特徴である。素直であるということは、(1.一つの心が両者に共有される 2.二つの心が互いに尊重される)ということである。
ただし、( )の無い人は、素直になることができない。それは、自分を( )できない人は、人を( )することもできないからである。素直になれない人は、自分の気楽さのために、たとえば「(1.行きませんか 2.行こう)」と呼びかけることで、相手の( )を誘い、それを心理的な( )にする。真に誠実な呼びかけとは、自ら「(1.信頼関係に立とう 2.積極的であろう)」と示す勇敢な呼びかけだ。
○解答
「素直」とは(方法)である。営みの中に「(どうかな)」と考える、(勘案)を挟まないやり方である。たとえば、「明日の夜会いたい」と言われて、「いいですよ」と答えるのは(素直ではない)。
「素直」というのは、それ自体に(美質)を持つ。それは(信頼)関係であり、(一心同体)性であり、営みを(最適化)し、(説得力)を持つということだ。この素直さには、(緊張感)が伴うのが特徴である。素直であるということは、(一つの心が両者に共有される)ということである。
ただし、(自信)の無い人は、素直になることができない。それは、自分を(信頼)できない人は、人を(信頼)することもできないからである。素直になれない人は、自分の気楽さのために、たとえば「(行きませんか)」と呼びかけることで、相手の(勘案)を誘い、それを心理的な(保険)にする。真に誠実な呼びかけとは、自ら「(信頼関係に立とう)」と示す勇敢な呼びかけだ。
あとがき.
「素直」ということが正しく理解されましたか。一般に言われている「素直」とはまるで違うと思います。けれども我々は実際、本当に大事な場面では、この素直さで人と接しています。理想論ではなく、これは現実的な話です。ある事故の現場で、「救急車を呼んで!」と言われたときを想像してみてください。そこには緊張感があって、あなたは「どうかな」なんて勘案しません。ただちに応じます。それを、日常から緊張感を消してしまうものですから、「会いに来て」と言われても、「どうかな」といちいち勘案して、「いいよ、うん」と答えるのです。そんなやり方は誰も喜ばせませんし、あなた自身もそれを喜んでいません。緊張感の無いほうが楽だと思い込んでいるからそうなるのですが、それも誤解で、いちいち勘案するほうが、実はエネルギーの無駄なのでした。素直でなくなるというのは、それ自体で美質の喪失ですから、どう工夫しても、失ったその部分は戻ってきません。
あなたがもし、「素直さ」を正しく理解して、それを自分の持つべき美質のひとつだと肝に銘じるならば、それは全ての方面であなたの人生を豊かにするでしょう。あなたは常に、エネルギーの無駄なく、説得力を持ち、信頼関係と緊張感の中に住む人になります。本レクチャーにしてからが、僕は「丸暗記しろ」としつこく申し上げてきました。それを「どうかな」と考えたら、その時点でもうエネルギーの無駄ですと申し上げてきました。
それではこの「知識」の丸暗記をどうぞ続けてください。「素直さ」とは何なのかについて、確実な知識を得ることはあなたにとってまったくの利益です。このささやかな分量を丸暗記することなどあなたの能力にとっては容易なことです。もしそこにしんどさがあったとしたら、あなたが勘案にエネルギーを割いているからなのです。
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