恋愛小説のコラム









臆病な合コンの風景





僕はノートPCを閉じた。結局、今回の上海行きの船に、納期の迫っている部品が一つ、載せられないことになってしまった。まったく、こんなに多数の部品を日本から送るなら、中国工場で生産する意味があるのか、疑わしくなってくる。中国展開のせいで、日本国内の雇用が減るという点は、果たして誰か考慮しているのだろうか?まあいい、今回の積み残しは、生産ラインには影響ないだろう。貿易の仕事というのは、やろうと思えば毎晩徹夜で仕事ができる。今日は運良く課長が出張中なので、早めに切り上げて、というか投げ出して、オフィスを出た。先輩の視線は、おう、たまには遊んでこい、と暖かい。

合コン、というマヌケな語感のする宴会に、参加するのは久しぶりのことだった。仕事が忙しくなってくると、合コンなんてバカバカしい、と思うようになってしまうが、それを言えば、シゴトというのもバカバカしいものだ。であれば、所詮シゴト、所詮合コン、そういう感覚が一番健全だ。そういうわけで、所詮合コン、に、今回久々に参加することにしたのだ。スケールの小さい発想だ。僕自身が所詮その程度の人間だという証左だ。

会場には、すでに今回の主催者である、ナオと、他男性2人、女性5人が来ていた。僕のほかにあと一人きて、5対5になるのだろう。会場は、丸の内に新しくできた高層ビルディングの中にある、名前だけおしゃれな実はチェーン店の居酒屋で、やはりチェーン店らしく騒々しい。すぐ後ろの席には、ビールで赤くツヤツヤに出来上がった、愛らしいおやじさん4人が、ご機嫌に笑いあっていた。

僕は、型どおりのテンションをつくって、それなりに元気よくアイサツをし、合コンの輪に加わった。合コンの場に必要なのは、個性でもなければ深遠なる知性でもない。ステレオタイプ的な、明るさとノリだ。僕はそれが嫌いではない。さして可愛くもない女の子に対して、ダサい僕と他の男が、競い合って歓心をひこうと気張る。そんなバカな事に、僕たちは自らをトップギアに入れて、奮闘するのだ。そして、さして可愛くもない女の子たちは、連れションにいき、ダサい僕たちをテーマに、作戦会議をするのだ。だから合コンは、面白い。男も女も、一見エネルギーを無駄遣いしているように見えるが、人間のエネルギーというのは、使えば使うほど沸いてくるが、温存すると腐ってしまうという特殊な性質を持つため、合コンで男と女は、安上がりに輝くのだ。

しかし、僕が参加する時点で、その合コンは、深刻に冷え切っていた。核不拡散条約について討議した後のように、会話が人の心に届くことなく、壁に吸収されていっていた。主催者であるナオは、背丈があり、かなり男前の部類に入る男なのだが、自ら「平凡な人になりたい」を座右の銘とするだけあって、合コンの主催者としては、バカさが不足していた。それに加えて、女性陣はというと、細長いタバコを吸っているおそらくボス格と思われる女性が、足を組んで退屈そうにしていた。このボスは、合コンに場慣れして、エゴイスティックに低いテンションを保つことが格好いい、と考えている気配があった。ナオは、このタイプの恐いオネエサンが苦手なので、きっと萎縮したに違いない。

やっぱり合コンは面白いな、と僕は思った。わざわざ男女が集まって、冷え切ってやがる。僕も含めて、アホウの群れだ。僕はジョッキのビールを一口飲んで、二つ隣の席に座っているナオに、分かりやすく檄を飛ばした。

―――ナオ、めっちゃ場が冷えているのは、なんでだ!

―――えっ、いや、めっちゃ盛り上がってますよ!

同い年なのに、デスマス調で話すのがナオの特徴だ。ナオと僕は、無駄話の蓄積で、お互いのリズムをよく知り合っている。相方を得たナオは、すぐに自分のリズムを取り戻したようだ。もともと、人に好かれる人徳を持っているやつなので、リズムを取り戻せば、あの席の周囲は、穏やかだが盛り上がってくれるだろう。会話を盛り上げるものは、話の内容などではない。リズムだ。人の話なんて、まして合コンの場では、99%が無駄話、ただの音波だ。いわば音階の無い音であるから、重要なのはリズムしかない。会話を盛り上げるものは、リズムである、それは大阪の小学校を出た人なら誰でも知っている。漫才のトークを、文字に起こしても、まったく面白くないものだ。

―――ナオは、すごくいいやつなんですよ。

僕の前の席には、今回のメンバーの中では頭一つ抜けて綺麗な、女の子2人が座っている。その2人の目をしっかり見たまま、わざとらしく自信たっぷりに言った。

僕はなぜか、人を褒めることなど全くなさそうな人間に見えるらしい。こんなに慈愛に満ちている僕がなぜそう思われるのか、まったく心外だ。世の中の女性には、もっと男を見る目を持てと言いたい。まあそれはいいとして、そう見えるだけに、僕が人を褒めると、妙に人の好奇心をそそるらしい。

実は、人を褒めるというのは、こういう場においては一番大事なテクニックだ。人を褒める人を見ると、人は安心する。それになんとなく、いい人に見えてしまうようだ。これは考えてみれば当たり前のテクニックなのだが、実践する人は少ない。人を褒めるというのはそれなりに気恥ずかしいものだからだ。それにしても、そもそも人を褒める人が少なすぎるように思うのは、僕だけだろうか。

僕はもちろん、お世辞が嫌いなので、お世辞として人を褒めることはしない。だから、堂々と褒めることのできる人とだけ、友達になるようにしている。ナオは、いいやつ、という表現がよくあてはまるいいやつで、陰険なところがないとか、人の話を素直に聞くとか、ポイ捨てをしないとか、そういうことを逐一説明するより、いいやつ、の一言でこそ、その人柄を上手く表現できるやつだ。だから僕はいつも彼のことを、いいやつ、と表現する。当然褒めた後は、ナオの恥ずかしい話をおしげもなく暴露してしまうので、結果としてはナオに後からブーイングされることになるのだが。

ひとしきりナオのネタを話したあと、僕は前の2人に、名前を聞くことにした。

―――ちょっとヘンな話を聞いてくれ。僕は、人に対して、君とか、あなたとか、二人称でできる限り呼びたくない主義なんだ。だから、まず初めに名前を教えて欲しい。できれば、名詞をくれるとかじゃなくて、直接、口から聞きたい。

彼女らの名前は、美紅と、ルナだった。美紅は、今日が誕生日とのことだった。2人のうち、一方の女の子が、わずかにためらった後、僕の名前を訊いてきた。それは、嬉しいことだった。同時に、この名前を訊いてきてくれた女の子の方が、ステキな人のように思えた。

人の名前を聞くのは、かなり恥ずかしいことである。本当は、先ほどから言うこの「恥ずかしい」は、恥ずかしいことではないのだが、感覚としては「恥ずかしい」に似ているので、恥ずかしい、と人は表現する。この恥ずかしさをおして、名前を訊いてきてくれたことは、僕にとっては嬉しいことだし、その女の子の方に気持ちが寄るのは、単純な僕としては致し方ない。

僕は、美紅とルナと、そのまま無駄話をした。そのうち、もう一人の男が参加し、後ろにいたおやじさん4人が、肩を組んで店を出ていった。そして、二時間ほど経ったあと、合コンはおひらきとなった。

僕は、駅への道すがら、なしくずし的に散会していく中で、美紅とルナの電話番号を訊きだした。電話番号を裏に書いたコンビニのレシートを僕に渡すとき、名前を訊いてきてくれたほうの女の子が、僕の目を見て、笑って渡してくれた。やはり、今回はこちらの女の子に、一票を投じたい。僕の票なんか、どちらも要らないとは思うけど。

美紅とルナと、手を振って別れた後、僕とナオはいつもどおり、路上反省会をした。ナオは、憎めないやつで、この反省会で、毎回真剣に反省点を洗い出すのだった。

―――いやあダメっすね、また電話番号訊けなかったすよ。

―――訊いたのに、教えてくれなかったの?

―――いや、訊いてないっす。恥ずかしくて、訊けませんでした。

―――だからさ、それは「恥ずかしい」んじゃなくて、「あなたに好意があります」って意思表示をするのにビビってるんだろう?それは自分の素直な気持ちを明かすこと、自己開示だから、ある程度勇気の要ることなんだよ。訊けないのは、要するに、自分を守っている、臆病なんだよ。

―――そう、それですよ。臆病なんですよ。訊いて断られたらどうしよう、というのも考えちゃいますしね。

ナオはそんなことを言っているが、訊いて断られる確率は、今までの統計上、僕のほうがはるかに高かった。元々、ナオのほうがモテるのだ。ルックスのこともあるが、それより、彼には僕が努力しても手に入れられない、根の深い優しさがあり、それが女性を惹きつけているのだった。僕がその話をしても、ナオは、いや、断られること気にせずガンガンいけるほうが全然すごいっすよ、と、全く嬉しくない賞賛をしてくれる。

―――臆病って、どうやったら治りますかね?

―――ナヨナヨな発言をするなよ。「どうやったらラクに根性がつきますか」という質問と一緒だ。

―――そうっすね、がんばるしかないっすね、がんばるしか。って俺ら、何十回もこの同じ話してますよね。

わかってんじゃないか、と僕たちは笑って、駅に向かって歩き出した。また、合コンをやろう。ナオとの路上反省会で、また同じ話をするためだけにでも、合コンに出てもいい。

ナオも同じようなことを考えたのか、拳を突き出して、世界一周を目指したマゼランを思わせる大真面目な顔で、こういった。

―――次、次こそやりますよ。見ててくださいよ。

まったくナオは憎めないやつだった。だから彼のほうがモテるのだろうか。










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