恋愛小説のコラム









彼と関われないあなたへ






先日、第11回のパーティをやった。参加者は7名。こぢんまりだったけど、その分みんなで仲良くなれた。こぢんまりしているほうが、だいたいにおいて参加者からの評判がいい。一体感というやつだろうか、こぢんまりしているほうが、新しい人たちとよく知り合った、という感覚があるように思う。

パーティで写真を撮るのを忘れたので、その雰囲気はここでお伝えできないけど。(すいません、飲んだくれてたので)

僕は今回のパーティで、「人と人とが関わる」ということの原点について思い出したような気がした。原点について思い出す、というのはいくらかオオゲサだが、なにかしらそのあたりのことを、僕はカラダで思い出した感があった。なぜなのかはわからない。ふと、その感覚がカラダによみがえってきたのだ。

今回は、そのことについて話そうと思う。人と人とが関わること。その原点。

兄弟愛とか、そういうキレイな話ではなくて、もっとナマナマしいことについて。同時に、力強いことについて。

思えば、今の僕が僕としてあるのも、過去に色んな人たちが、手加減せずに僕に関わってきてくれたからだ。人との関わりの蓄積の上に、今の僕の人格がある。今はなぜか、そのことがはっきりと理解できる。

人と関わるのは大事なことだ。そして本当に大事なのは、手加減なしで関わることだ。

あなたは今、誰かに対して、手加減なしに関わっているだろうか?

(宣伝・次回パーティの案内はこちら

(僕はパーティに、もっとたくさんの人が来てほしいと思う。ホントに)

(注意・パーティ自体は別に気合の入ったものではありません。気楽にやってます。気合は入れてこないように)



■人と関わるということは、人の自由を侵害するということだ。

ストックホルム・シンドロームというのをご存知だろうか。1973年にストックホルムの銀行で起きた立てこもり事件での現象が名前の由来になっている。長時間拘束された人質の一人の女性が、強盗犯に恋をした、という話だ。その女性は、連行される犯人に向かって大声で愛を叫んだという。

人質は、自分の命を脅かす、強盗犯に恋をするのだ。

人と人との関わり、その仕組みは、必ずしも合理的なものではない。殴り合いをしたオトコ同士に友情が芽生えることはホントにあるし(これは殴り合いを経験した人にしかわからない)、オトコがオンナを押し倒して強引にヤッてしまう、そのことから絆が出来て結婚してしまったりすることもある。ホストの中にはオラオラ営業を売りにする人もいて、そういう人は客のオンナに対して横暴かつ支配的に接することによって関係性を作ってしまう。

人と人との関わりは不合理な側面を持つのだ。そこに隠れているのは、単なる快・不快のルールではない。もっとたくましい、いのちのルールのようなものが隠れている。

僕の私淑する、ムツゴロウこと畑正憲さんの著作「ムツゴロウのどこ吹く風」より、たとえば次のような一節を抜き出すこともできる。

<次の日、Tがやってきた。

「あのう」

「ほれきた」

「ご相談が」

「好きな女が出来たか」

「はい」

「それなら抱け」

「え」

「レイプしろ」

「は」

「しかる後に結婚を考えろ」

「はい」

「おれは知らん。たとえそれがおれの娘だとしてもだ、手ごめにされたって、おれじゃないんだから」

翌月、二人でやってきた。

「結婚したいんです。」

「ようし、馬を引け。競馬をしよう」>

ムツさんは超人であるから、このムツさんの意見をそのまま僕たちは鵜呑みにすることはできない。好き→抱く(レイプしろ)と、僕たちはそこまでシンプルにはなれないだろう。

とはいえだ、生きもののいのちと向き合って生きてきたムツさんの、その言わんとするところには、僕たちがいつも忘れがちな、貴重な深みがあるように思う。

僕たちは、そのシンプルで深いルールを忘れて、浅い心で空しくややこしいだけのルールを探しているのではないか、と思えてきたりもする。だから人と関わることがうまくいっていないのだ、とも。

僕自身、今まで僕に関わってきてくれた人を思い出してみると、そこにあった物語は必ずしも快適なものばかりではなかった。どれもこれも洗練なんかされてなくて、一言で言えばしっちゃかめっちゃかだった。

一緒に廊下に立たされた友人。理科室から塩酸を盗んで共犯者になった友人。鼻血が出るまで殴りあった友人。問答無用で怒鳴りつけてくる先生。ヤるヤラないでケンカばかりした彼女。夜中でも麻雀に呼び出してくる先輩。あの手この手で授業をサボらせた友人。慰めのためだけに僕を部屋に入れたオンナ。酔いつぶれているところに日本酒を注ぎ込んでくる先輩。お前らしくないじゃんとはっきり言ってくれた友人。

どれもこれも、思い返してみれば乱暴な関係ばかりだ。その中で、もちろんモメることはあったし、真正面からケンカすることもあったし、軋轢もあったし、逆に思いっきり握手することもあった。それらを今思い返してみると、なんでこんなに泥臭いのだろうと思う反面、これはものすごい財産なのかもしれない、という気もしてくる。

僕が今、人と関わる方法をカラダで理解できているのは、その財産のおかげなのだろう。

みんなには、その財産はあるのかな。

(そのあたりはよくわからない)


***


素に戻って、しみじみと考える。

人と人とが関わるというのは、どういうことだろう?

僕が誰かと関わるというのは、どういうことだろう?

そのことを考えると、ひねくれたオジサンである僕の心には、こういう言い方で結論が浮かび上がってくる。

―――人と関わるということは、人の自由を侵害するということだ。

人が人に関わるとき、大なり小なり、必ず相手の自由を侵害することになる。それは当たり前のことだ。たとえばごく小さな例で言えば、僕が街行くオンナの人に「すいません」と呼びかけたとする。その人は、おそらくこちらを振り向くだろう。立ち止まってくれたりするかもしれない。その時点で、僕はすでに彼女の自由を侵害していることになる。そこで僕が、彼女に道を尋ねようが、ハンカチ落としましたよとおせっかいをしようが、あるいは「あなたの表情が穏やかでやさしくてどうしても声を聞いてみたかったから失礼と承知で話しかけてしまいました申し訳ない」とナンパしようが、その内容に関係なく、すでに彼女の自由を侵害しているというところには変わりはない。

そんなヘリクツを、と思ってはならない。これは「原理」であって、僕たちが本当に腹の底で理解しておくべき「原理」なのだ。

人が人と関わるとき、人は人の自由を侵害してしまう。このことは真実であり、それだけに僕たちは人に対して迷惑をかけてしまうことがある。「そのハンカチは落としたんじゃなくて捨てたの」と言われれば、彼女は立ち止まった数秒間と受け答えしたエネルギーを無駄にしたわけで、それを彼女が迷惑と感じてしまえば迷惑になるのだ。

僕たちは、人の自由を侵害しながら、そのことによるご迷惑を出来る限り避けようとする。あるいは、ご迷惑をやわらげようとする。そのために僕たちは、マナーというものを持っている。マナーは人と関わる上でのご迷惑のリスクをヘッジするために生まれたものだ。

ただし、マナーは生きる上で不可欠なものだが、マナー自体に真実があるわけではない。マナーを積み重ねていっても、人は人と関われない。人と関わるということは、むしろマナーの正反対、人の自由を侵害するというところにあるのだ。

あくまで、僕はヘリクツの話をしているのではない。これはたとえば、僕とあなたが関わるときにも直接関係してくる話だ。

たとえば、これを読んでくれているあなたが、僕の好みのかわいいオンナだったとする。そんなあなたが僕の目の前に現れたとしたら、そのとき僕はあなたと関わろうとするだろう。あつかましく話しかけて、言葉を投げかけ、あなたのことを聞き出して、僕は自分のことを伝えて、あなたの美しいところを賞賛し、美しくないところを否定し、くだらない話をして笑わせ、マジメな話をして考えさせ、あなたの未来について語らせ、電話をかけて呼び出し、新しい酒を飲ませて、手を重ね、抱き寄せ、あなたのカラダに触れて、やがてあなたを素っ裸に剥いてしまおうとするだろう。もちろんあなたは、それに抵抗したり、あるいは躊躇したりするわけだが、僕はそこを乗り越えようと執拗にあなたを口説く。どうしてもあなたと関わりたいのだと、オレのワガママな望みをやさしすぎるオンナのお前は受け入れてくれと、年の功のタフネスであなたの心をヘシ折ってしまおうとするだろう。

僕のそのような、あなたへの関わり方は、あなたの自由の侵害でなくてなんだろうか。それはあなたにとって、本当に耐え難い迷惑になるかもしれないし、もしそこから逃げ出すにしても、あなたはいやおうなく大きなエネルギーを使ってしまうことになる。

それでもだ、僕はあなたと関わろうとするとき、あなたの自由を侵害するしか方法がないのだ。精一杯のマナーを用意しながらも、途中でそれを堂々と捨て去って、結局はあなたの自由を侵害していくしかないのである。僕は今までそうしてきたし、これからもそうするしかないのだ。最近僕は、そのことがよくよくわかってきた。

僕はこれからも、いろんな人を侵害して、いろんな人に迷惑をかけていくことになる。そこで、迷惑をかけたらどう責任を取るんだと言われても、責任の取りようが無いので心の中でたくさん謝りますとしか答えられない。そうして人に迷惑をかけるたび、僕はまた人にため息をつかれ、恥をかいていくことになるだろう。しかし、今までそのやり方でやってきて、結局かけがえのない人たちは僕のそばに残ってくれた。それ以外の方法で、かけがえのない人たちをどうやって手に入れていくのか、僕には残念ながらアイディアがない。

人と関わるということは、人の自由を侵害するということだ。もちろんそれは、マナーでくるんで始めなくてはならないし、侵害するからには真剣でひたむきで思いやりがなくてはならない。僕が自分に課すのはそれだけだ。まずマナーから始めて、次にマナーを越えて、真剣にひたむきに、思いやりを忘れずに、あなたと関わっていこうとする。

あなたは、人と関わっているだろうか?

真剣に、ひたむきに、思いやりをもって、人の自由を侵害しているだろうか?



■あなたはその、「恋愛のび太くん」を、いつまで続ける気だろうか?

「あまり迫りすぎて、彼にウザいとかって思われたらどうしよう」

恋するオトメは、誰だってそのことを心配する。ウザいと思われるのが怖くて、迫るにも迫れないんですよ、とそういうような話もよく聞く。これは定番のテーマで、誰でも共感できる話だ。そして、そう言ってビビっていても何も始まらないんだヨ、ということはみんなアタマではしっかり分かっているわけで、そのことも含めると、これはまったく誰でも共感できる話だと思う。

僕はいよいよ、この定番のテーマにケリをつけたいと思う。

「あまり迫りすぎて、彼にウザいとかって思われたらどうしよう」

「それは君が、ウザい人なんだからしょうがないよ」

ええと、こんなケリのつけ方でいいのかな。なんかそれは、少しヒドいんじゃないかという気もしてくる。まあでも、このテーマにケリをつけるなら、結局はここに到達するしかないように思えてくる。

ウザがられることを忌避して、彼の周りを遠巻きにしてぐるぐる回る。何かいいことないかなぁとか、何かいい機会ないかなぁとか、そうぼんやり期待してぐるぐる回る。ぐるぐる、ぐるぐる。

そんなあなたに僕ははっきり言おう。そのままぐるぐるしていても、何もいいことは始まらない。絶対に始まらない。それは本当に、ただの時間のムダなのだ。そうこうしているうちに、別のオンナがサラッと出てきてズキューンと彼を奪っていくだろう。

ぐるぐるしていてもしょうがない。どこかで飛び込むしかないのだ。そして、飛び込んだ挙句に彼にウザがられたら、それもそれでしょうがない、あなたは単にウザいオンナなのだ。そのことは、現時点の未熟な自分として、粛々と受け入れるしかない。何度でも言うが、これは「しょうがないこと」なのだ、なにせあなたは「サラッ」もできなければ「ズキューン」もできないのだから、それはもう「ウザッ」しかできないことになる。僕はイヤミを言っているのではない。そこを早く脱出する人がハッピーになるわけだから、あなたにはそんなところでウジウジしてないでほしいと思っているのだ。ウザいと思われたらショックなのはわかる。しかし、そのウザいあなたを永遠に楽屋に閉じ込めていても、あなたのウザさが解消されてある日突然エビちゃんみたいにブレイクするわけでは決してないのである。

ああもう、これについてはアレだ、僕のことを大嫌いになってもいい。とにかくだ、彼の周りをぐるぐるして時間をムダにするのをやめるのだ。そんなオンナには、僕ははっきりお前はバカだと言ってやりたい。あなたの「ぐるぐる」、それはタイミングを計っているということでは決してない。心の準備が要るというのも筋が違う。それはもっとしょうもないことだ。例えるならば、成績の悪かったテストをいつ親に見せるか、そのことで何日もビクビクしているのび太くんと同列のことなのだ。

あなたはその、「恋愛のび太くん」を、いつまで続ける気だろうか?


***


人と人とが関わるということは、お互いがお互いの自由を侵害するということだ。それを上手にやれる人は、人との関わりをどんどん深くしていく。それをまだ上手にやれない人は、侵害の圧力と不安だけが目立ってしまい、関係を失ってしまう、すなわちウザいと思われてしまうことになる。ウザいと思われるのがどうしてもイヤな人は、そもそも侵害をしないでおこうと試みることになる。しかし、侵害しないということはすなわち関わらないということなので、相手の周りを無意味にぐるぐる回ることになる。

それが、ここまでの話だ。

彼の周りをぐるぐる回っている人は、その「侵害を上手にやる」ということができない、あるいはそれをやれる自信がないのだと思う。また、実際にウザいと思われて避けられてしまう人、あるいはある程度仲良くはなるものの誰も付き合おうとはしてくれない人は、やはり「侵害がヘタ」なのだと思う。

そういう人たちは、内心で切実に知りたがっているはずだ。

「その侵害っていうやつを、どうやったら上手にやれるの?」

このことに、明瞭に答える方法は無い。端的に答えるならば、愛と勇気が必要だということになるし、エゴと思いやりが必要だということになるし、自信と謙虚さが必要ということになる。だがそれでは言葉遊びになって余計にわけがわからないだろう。

このことに答えるのに、僕は一つのサンプルをもって答えたいと思う。答えとして受け取られるかどうかはわからない。が、僕として知っているものの多くを、僕はこのサンプルの中に埋め込んだつもりだ。

僕は意地悪をして、サンプルに埋め込むからそこから読み取れと言っているわけではない。ここは機微に触れる部分なので、このようにしか表現できないのだ。

(説明できないものは表現するしかないということだ)


<<「えりちゃんから聞いたんですけど、沖田さんって彼女さんいらっしゃらないんですか? すいません、突然ヘンなこと聞いてしまいますけど」

「うん、いないよ。もう一年間ぐらい、いないままかな」

「そうなんですか。それは意外でした。沖田さん、ぶっちゃけモテる人なんで、絶対彼女さんいると思ってましたよ」

「ははは、別にモテるってわけでもないけどね」

「でも、告られたりはしょっちゅうじゃないですか?」

「うーん、まあ、ときどきね。でも、なんか今はそういう気にならないんだ。付き合うとか」

「そうなんですか。それはあれですか、今は恋愛とかじゃなくて、別のことに気持ちが向いているからとかですか」

「そう、だね。まあそのへんは、色々思うところがあって、長い話になっちゃうんだけど」

「長い話、ですか。うーん、沖田さん、すいません。その話って、わたしぶっちゃけ聞きたいんですけど、ダメですか?」

「いや、もちろんダメってことはないよ。でも、わざわざ話すほどのことでもない、しょうもない話だよ?」

「いえ、多分、しょうもなくはないですよ。そこはあれなんですよ、沖田さん、沖田さんにとってはしょうもないことでも、わたしみたいな未熟者にとってはすごい発見があったりするんですよ」

「ははは、そうなの? いーちゃんが未熟者とはオレは別に思わないけど」

「いえ、ほんとに未熟者なんですよ。この際、恥ずかしながら言ってしまいますけど、わたし普段から沖田さんとお話してると、色々気づかされたりしてるんですよ。わたしそれで、沖田さんのこと尊敬してるんです。今まで隠してましたけど」

「そう、なんだ? へえなんか、びっくりだな。気恥ずかしいけど、うん、ありがとうね。まあ、そこまで言ってくれるんなら、もうなんだって話すよ」

「はい、あの沖田さん、わたし本当は沖田さんともっとお話したいんです。どれだけ小さなことでもいいから、話が聞けたら嬉しいんですよ。ちょっとウザいですけど、できたらかまってやってください」

「ははは、そんなアタマ下げなくても。いいよ、オレでよければ。じゃあ、たまに愚痴とか言うけどそれも聞いてくれる?」

「あ、はい。愚痴とか全然いいですよ。むしろ、沖田さんがどんな愚痴をこぼすのか、すごい興味があるぐらいで」

「そう? オレは愚痴モードになったらすごい愚痴るよ? 某先輩が、ミーティングに口出ししてきて超ウゼー、とかって」

「あははは、それは愚痴って当然ですよ。一緒に愚痴りましょう。わたし沖田さんとそういう関係になれたらめっちゃ嬉しいですよ」

「そっか。じゃあまた、いーちゃんの愚痴も聞かせてもらったりしようかな」

「はい。ただし、わたしの愚痴はもっとねちっこかったりしますよ。バイト先のセクハラがどうこうとか、そういう話で」

「ははは、それ面白そうだな」

「あ、あと沖田さん。すいません、この際だから言ってしまおうと思うんですけど」

「うん?」

「しょうもないことで、気を悪くさせたらすいません。あの実は、わたしのこと『いーちゃん』って呼ぶの、できたらやめてほしいんですよ」

「え、そうなの? なんで? ってか、そう言われればもちろんやめとくけどさ、その、理由はなんなんだ?」

「あーはい、それなんですけど、それって言ったほうがいいですか? 本当に、バカバカしい理由ですよ?」

「いや、話してくれよ。だってそれって、オレは聞いておかなくちゃいかんところだろ」

「うーん、あのですね、わたし高校のころからいーちゃんって呼ばれてたんですけど、それは実は元々、飯田っていう名字から来てるあだ名じゃないんですよ。ほら、わたしその、胸が大きいじゃないですか。それで、Eカップあるからっていうことで、友達がいーちゃんってからかい半分で呼び始めたんですよ。高二のころから」

「そう、なんだ。それは初めて知った。ごめん」

「はい、あの、これは誰にも言ってないんで、沖田さんは知らなくて当たり前なんです。謝ってもらうようなことじゃないんで、こちらこそごめんなさい。それでなんですけど、ほんとにしょうもないことなんですけど、胸が大きいのは大きいで、わたし微妙にコンプレックスがあったりするんですよ。だからできたら、そのいーちゃんっていうのはやめてほしいんです」

「そっか。わかった。いや、今まで全然気づかなくて悪かった。そんな由来があったとはな。いやほんと、すまない」

「いえいえ、そんなに謝られるとわたしが困ります。沖田さんは何も悪くないんで」

「……いや、悪意のあるなしの問題じゃないな。雰囲気で何かあるなと気づかなかったオレが鈍い。これはまったく、オレが悪かった。あれだよ、悪かったから、お詫びに何かオゴるよ」

「えー。そんなにビシッと言われると、しかもオゴるとか言われると、じゃあよろしくって感じになっちゃうじゃないですか」

「ははは、いいじゃんそれで。あ、それでさ、これからなんて呼べばいいのかな」

「あ、それはもう何とでも呼んでもらって結構ですよ。飯田でも、沙希でも」

「じゃあ、さきちゃんだな。フツーに」

「はい、じゃあそれでお願いします」

「さきちゃーん」

「はーい。ってか、やめてくださいよ。自分でお願いしといてなんですけど、照れます」

「ははは。じゃあこれからはさきちゃんでいこう。あ、あとそれでさ、みんなその、さきちゃんのこといーちゃんって呼んでるけど、それはやめさせなくていいの? なんなら、オレが適当に理由をでっちあげてみんなに口入れしておくけど」

「あ、いやそれは大丈夫です。その、他の人にいーちゃんって呼ばれるのは、正直全然気にならないんですよ。それが、沖田さんに言われると、なんか微妙にクるんですよね。あたしってチチだけのオンナ? 人としてどうよ? みたいな感じで」

「そうか。そういうコンプレックスってあるもんなんだな」

「はい。まあ、これぐらいしか取り柄がないんで、ほんとはイヤがってる場合じゃないんですけどね。あ、だから沖田さん、みんなが周りにいるときはいーちゃんでいいですよ。沖田さんだけさきちゃんって呼んだらヘンに思われるし」

「いや、いいよ。オレはさきちゃんで通すよ」

「ヘンに思われますよ」

「いいよ別に。オレそういうの気にしないタチだから。オレはもう、さきちゃんのこと、二度といーちゃんとは呼ばない」

「そう、ですか。ありがとうございます。あー、沖田さんはやっぱりカッコいいですねえ。そういうの、女の子はコロッといっちゃいますよ」

「ははは、そうなの? コロッといった?」

「いや、耐えてます。そりゃ耐えないと、沖田さん彼女作る気ないって聞いたばかりなのに」

「そっか、耐えたか。残念。えーと、で、何の話してたっけ」

「ええと、あれです。わたしが沖田さんの話をもっと聞きたいって話です」

「あ、それだったね」

「あ、それとあと、これも話しておかないとですね。すいません、わたしだいぶ前に、沖田さんとお話したいなって思って、沖田さんのメアドとケーバンだけ、友達づてに仕入れてしまったんですよ。だから、わたし沖田さんのメアドとケーバン知ってしまってるんです。キモくてすいませんけど、正直に白状しときます」

「いや、別にキモくはないよ。まあじゃあ、後で空メールとワン切り入れといてね」

「あ、はい。あの、わたし夜とか、沖田さんに電話とかってしてもいいですか?」

「ん? ああ、いいよ。最近けっこう忙しいから、出られないことのほうが多いかもだけど」

「はい、それは全然気にしないんで。沖田さんの都合とか気分とかが合うときだけでも出てくれたらそれで十分です。ただ、けっこう着歴とか残ってたりするかもしれないですけど、キモいとかって思わないでやってくださいね」

「ははは、大丈夫大丈夫。キモくないから」

「一応、沖田さんのお話聞きたいっていうの、わたしなりにマジなんで。いや、わたしほんと、こうやって沖田さんとお話できる機会、ずっと待ってたんですよ」

「そうなんだ。ふーん、もっと早く言ってくれたらよかったのに」

「そうなんですけどね、まあそこはあれですよ、沖田さんに近づく場合は、周りの女の子の目をある程度警戒しないといけないんです。ヘンな圧力受けちゃいますから」

「ふうん、そんなのあるの。つまんないことだね」

「はい、ほんとつまんないことだと思います。けど、女の子の世界ってそういうの結構あるんですよ」

「そっか。じゃああれだね、あんまりオレのほうからさきちゃんに親しげに話しかけないほうがいいね」

「あー、そうかもです。わたしはまあ、別にいいっちゃあいいんですけど、それでゴタゴタが起こるとうっとうしいですから」

「そうだな、わかった。じゃあオレがさきちゃんと話したいときは、積極的に電話するようにする」

「えー、ほんとですか。じゃあ、電話もらったらすぐ、こちらから掛けなおすようにしますね。電話代、払ってもらっちゃったら悪いんで」

「うーん、それはいいよ。ってか、そうまで言われると少し悲しい。いいじゃん、そこはフツーの友達として半々ぐらいにしてれば」

「そう、ですか? そう言ってもらえると、喜んじゃいますけど」

「あー、あれだよさきちゃん、オレはボランティア精神の無い人だから、なんと言われても自分として興味持てない人とは関わらないんだよ。それで、さきちゃんの場合は、オレ的に今、さきちゃんと仲良くなろうって決めたから、もうさきちゃんはオレの友達として何も遠慮しなくていいんだよ」

「え、それって本気で言ってくれてるんですか?」

「うん。ほら」

「あ、はい。あー、ありがとうございます。沖田さんって、こうやって握手するのとか、ヘンにならないっていうか、すごくキマる人ですよね。それってすごくうらやましいです。そういうの、実はわたし憧れるんですよ」

「ははは、いやこれはオトコがやるもんでしょ」

「はい、そうなんですけど、わたしはそれのオンナバージョンみたいなやつをやれる人になりたいんです」

「そっか。まあ、そう願ってればいつかなれるよな」

「はい、そう思いたいです。あー、でもあれですよ、こうやって改めて目の前にしてみると、わたしと沖田さんじゃハートの大きさが全然違いますよ」

「ハートの、大きさ。ははは、さきちゃんスゲーこと言うね。ハートが大きいって褒められたのは初めてだ。オレはあれだよ、さきちゃんのその直球なとこけっこう好きだよ」

「そうですか? なんかバカっぽくないですか?」

「ストライクに入らない変化球ばっか投げるやつのほうがバカだよ」

「あー、なるほど。さすがいいこと言いますね」

「うん、まあね。って、そうじゃなくてさ。これはオレとしてマジな話で、今こうして見ててさ、さきちゃんのそういう、本当の思い切りっていうのかな、そういうのってスゲーと思うんだよ」

「そう、ですか? それは単に、やっぱりわたしがバカなだけなんじゃ」

「いや、違うな。オレね、そういうさきちゃんみたいな決断の仕方って、意外に出来ないんだよ。その意味では、オレがむしろ憧れるぐらいだ」

「いやいや、とんでもないですよ。沖田さん、ぜったい何か勘違いしてますよ」

「いやいやいや、まあそこはあれだよ、これからさきちゃんに学ばせてもらうよ。そんでオレも、決断できるオトコマエになるよ」

「あー、はぁ。何かよくわからないですけど、褒められたみたいなんで喜んじゃいますよ」

「褒めてんだって。ま、それはいいとしてさ、メシ食いに行こ。ハートの大きなオレが、寒い財布でなんかオゴってやる」

「はい。え、それって今からですか?」

「今からだよ。こういうタイミングって、逃したら損じゃない」

「あ、はい、そうですね。わたしも実は、このタイミングでいきたいなってこっそり思ってました」

「だよな。さ、行こ」>>


さきちゃんと沖田さん、人と関わるということが上手な、相手の自由を侵害するということが上手な二人を設定してこのサンプルを作った。

このサンプルから、あなたは読み取れるだろうか。お互いがどの部分で、相手の自由を侵害しているか。

そこを読み取ること自体は難しくないはずで、作者の僕としてのたくらみをバラすならば、それは次の部分におおよそ集約される。

「わたし本当は沖田さんともっとお話したいんです。かまってやってください」

「わたしのこと『いーちゃん』って呼ぶの、できたらやめてほしいんですよ」

「いや、話してくれよ」

「沖田さんの都合とか気分とかが合うときだけでも出てくれたらそれで十分です。沖田さんのお話聞きたいっていうの、わたしなりにマジなんで」

「うん。ほら」

「さ、行こ」

これらの部分を読み取ってもらえたとして、あなたはどう感じただろうか。

まずこの二人について、彼らは「恋愛のび太」ではないということはわかってもらえるだろう。この二人の作るシーンには、お互いがお互いの周りをぐるぐる回るというようなムダが無い。お互いは、もっと素直で率直である。それだけにお互いの自由を侵害してもいる。またそこに、真剣さやひたむきさがあるし、マナーもある、そしてもちろん思いやりもあるはずだ。

このようなサンプル、このような架空のシーンを示したとして、あなたはこのようなシーン、お互いの自由を侵害しあうシーンを自分の生活の中で作っているだろうか。それを作るというのが、すなわち人と関わるということなのだが、あなたの生活にはそれがあるだろうか。

そのシーンがなければ、あなたは人と関わっていないということになる。いくらオシャレして合コンに出て、メアドを交換しまくってもそのことには意味が無い。飲み会で、好きな彼にひたすらビールを注ぐ、そんなことをしているうちに季節は終わってしまうだろう。

(そんな恋愛のび太くんには、ドラえもんが現れることを祈るしかない)



■迷ったら、侵害しろ。

人と関わる、ということについてひたすら話している。巨大なテーマで、話せば話すほど横道に逸れたくなる。逸れたくなるが、僕は今回それをグッとガマンする。今回僕は、ただひとつのことを伝えたくてこれを書いているのだから。すなわち、「相手の自由を侵害する」ということ。本当は侵害するのは自由だけじゃないから、言い切るなら「侵害する」ということになるのだろう。僕が今回伝えたいのは、本当にこのことだけだ。具体的にどう侵害するかとは聞かないでほしい。そこはあなたの個性が一番出るところで、マニュアル的なものはまったく通用しない。(個性のついでに、未熟も一番出るところではある)

僕はこれから、もっと素直に率直に、人を侵害していこうと思う。こう言うとまるで僕が横暴のように聞こえるが、人との関わりの真実がそっちにあるのだからしょうがない。僕は謹んで、横暴な人としての評価を受け入れたいとさえ思う。

まあ、下品にならないように、マナーその他は気をつけることにはするとしてね。

ステキなオンナには、お前は死ぬほどステキだからそのことについて二人きりで語らせろ、と迫りたい。ムカつくオンナには、お前は心底ムカつくやつだがどこがムカつくかはっきり言ってやる、と語りたい。声が聞きたければ電話するし、メール返してくれないコには頼むから連絡をくれよ悲しいよと懇願することにしよう。気に入ったコはデートに誘う。断られたときは、死ぬほどイヤならしょうがないけどそうでなければ頼むからそばに来て顔を見せて声を聞かせてくれと本気で押し込むことにする。

これからの僕は、そのあたりにひたむきになり、一切の臆病を排したい、その中でよりマナーと思いやりとセンスを磨きたいと望んでいるのだが、あなたはどうだろう。

これからのあなたは、どうなんだろう?

メール送りすぎかなぁ、電話するタイミングとかないかなぁ、うまく呼び出す口実とかないかなぁ、盛り上がれる話題とかないかなぁ、彼の気持ちを知る方法はないかなぁ、デートでそれっぽい雰囲気にならないかなぁ、付き合うって方向に進む方法はないかなぁ、と、そんなことばかり考えるあなたは、いつまで続けられ、いつ打ち切られることになるのだろう。

まあここから先は、ホントにあなたの意思なので、僕が強要してもしょうがないところだ。実際のところ、強要する方法が無い。がんばってね、と言うしかできない。

ただ、これからのあなたに、エールめいたヒントを申し上げるなら、たとえばこのようになるだろうか?

―――迷ったら、侵害しろ。

僕たちは基本的に、無謀ではなく臆病な生きものだ。これを読んでいるあなたも、きっと臆病で、そのことを普段は「自信が無い」とか「気を使いすぎる」とかの表現でごまかしていると思う。

(あ、なんかまたヒドい言い方だ。ごめんね)

だから、あなたが恋に迷うとき、あなたはたいてい臆病になっていて、その恋の周りをぐるぐるぐるぐる回っているものだ。そして、この恋の先行きが見えない、行き詰まりかもしれないと、そのことに気持ちを暗くしている。

だから僕はあなたに言うわけだ。迷ったら、侵害しろ。あなたに足りていないのは、何より彼との「関わり」だ。会話を重ねても、一緒の時間を過ごしても、あるいは肌を重ねても、それはそれだけでは「関わり」にならない。「関わり」は「侵害」にある。迷ったら、侵害しろ。そこには不安がつきまとうが、その冷や汗の先にしかきらきらの物語は待っていない。

そんなわけで、今回のお話はここまで。

もう特に書くことはないけど、さっきの話の続きを蛇足に付け足しておく。

さきちゃんと、沖田さん。

物語に登場した二人に、締めくくりをプレゼントしないと、僕にはどうも納まりが悪い。

ではでは、先にご挨拶をしておきます。

また長い話でしたけど、読んでくれてありがとうです。

じゃ、またね。


***


「寒いですね」

「うん」

「雪とか、降りますかね」

「降る、かな」

「降るといいですね」

「うん」

「……沖田さん、なんかしゃべってくださいよ。盛り下がりますよ」

「ん? あ、そうだな。悪い。なんか暗いなオレ」

「そんな、苦しそうな顔しないでくださいよ。わたしまで、苦しくなっちゃいますから」

「うん、ごめん」

「沖田さんには、そういうの似合いませんよ」

「そう、か。そうだな」

「第一ですよ、暗くなるの、本当はわたしのほうじゃないですか。沖田さんが暗くなるのはズルいですよ」

「ははは、そう言われたら確かにそうだ。ごめんな、本当にワガママだなオレ」

「沖田さんはワガママですよ。今さら何を言ってるんですか」

「あ、はーい。すいません」

「ね、沖田さんはワガママな人ですよ。うーんとね、わたしが想像してたより、ずっとハイレベルなワガママでした」

「ハイレベル、か」

「はい。わたしも、覚悟はしてたんですけどね。ちょいと甘かったです」

「そう、か」

「まあ、そんなこと今さらどうこう言ってもしょうがないですけどね。むしろ、ワガママじゃない沖田さんとか、正直見たくないし」

「うん」

「はい」

「沙希、さ」

「はい?」

「後悔してる?」

「後悔? まさか。後悔なんてしてないですよ。ちょっとまだ、感覚が現実に追いついてなくて、ボーっとしてるだけです」

「そうか。なら、よかった」

「はい」

「沙希がボーっとしてるのは、いつものことだけどな」

「あ、言いましたね。最後の最後まで。はい、どうせわたしは基本ボーっとしてますよ」

「いやいや、そういうとこが、かわいかったんだけどな」

「沖田さんは、マニアックですからね」

「……あと、昔のさきちゃんは、もっと謙虚だった気がするけど」

「沖田さんと一緒にいると、誰でもこうなりますって」

「そう、かもなぁ」

「はい」

「……」

「あれ、沖田さん?」

「ん?」

「どうしたんですか、そんなことマジに取らないでくださいよ?」

「うん、ああ、そうだな。いかんな、オレ今超センチメンタルだから」

「センチメンタルですか。まあ、わたしと一緒ですね」

「うん、一緒だ」

「一緒です」

「泣きそう、だったりする」

「……ちょーっと、沖田さん? なんでそういうこと言ってしまわれます? わたしはその辺さっきから死ぬほど耐えてるんですけど」

「耐えてるんだ」

「耐えてますよ。わかってくださいよ」

「わかってるよ。わかってるから、泣きそうになるんだ」

「ああ、なるほど。なるほどって、納得してる場合じゃないですけど」

「ね。納得してる場合じゃないよ。でもさ、それ言ったらオレら、今って何してる場合なんだろ」

「何してる、場合?」

「どうすりゃいいんだろうな、ってこと」

「そう、ですね……」

「な」

「なにか、楽しいことお話しましょうよ」

「楽しいこと、ねえ」

「はい」

「そうだなぁ、もう一発、やらせてもらえばよかった、って思うよ」

「あー、ちょっとその話題はナシです。そーれはナシです。次いきましょう」

「まだ恥ずかしいの?」

「……決まってるじゃないですか」

「かわいかったのに。ほら、沙希の声の上げ方がさ」

「あーはい、ナーシナシナシナシ。それナーシ。もう忘れた。てゆうかそんなことなかった。それは沖田さんの夢ですよ。夢の話」

「夢だったのか」

「はい。間違いなく夢です。次の話いきましょう」

「次の話。んー、そうだな、あれだよ、ケーキの残り、全部食べちゃえばよかったよな。なんであのとき、カロリーとか気にしたんだろ」

「あー、言われてみればそうですね。もったいなかった」

「なんかあのときは、カロリー優先になってしまったんだよ。なんでだろ」

「なんででしょうね」

「人間小さいよな、オレら」

「まったくですよ。多分、明日核兵器が降ってくるってなっても、夕食のカロリーとか気にするんですよ」

「バカだよなぁ」

「はい」

「まあでも、沙希は残りを食べられるからいいよな。ケーキ」

「いや、それって、一人でケーキの残り食べるのはかなり切ないですよ」

「そうか? 沙希ならきっと、ケーキ食い始めたら切なさとかすぐ忘れられるよ」

「なんでわたし、そんな食いしん坊キャラなんですか。基本小食なのに」

「いや、ちょっとこれからそういうキャラにしていこうかなって思って」

「これからって、それ明らかに今だけじゃないですか」

「うんまあ、そういうことはあまり考えちゃいかんよ。オレたちの今は今しかないんだ」

「うーん、まあ、そうですけどね。話思いっきりズレてますけど」

「さーて、楽しい話」

「楽しい話です」

「話、ねえ」

「はい」

「そうだ、オレは沙希に、お話をしてあげなきゃいけなかったんだよな」

「はい?」

「沙希はさ、初めオレに、お話が聞きたいんです、って言ったんだ。一番初めんとき。マジな目で。覚えてる?」

「それはもちろん、覚えてますよ。あのときは、わたしマジでしたもん」

「話、聞きたかったんだ? マジに?」

「はい。マジでしたよ。それは昔からずっとそうですよ。ずっと、昔からでした。ほんとに、マジだったんですよ? ずっと昔から、わたし、沖田さんの、話、ほんとに、聞きたっくっ……」

「あ」

「……なんで、今、そんなこと、言う、んですか。そういう、の、わたし思い出さない、って決めてた、のに」

「沙希、こっちきて」

「なん、で言うん、ですか、わわた、しずっと、がま、んしてた、のっに」

「沙希、いいよ。泣いて。泣き止むまでこうしてるから。好きなだけ泣いて。沙希の泣く声、たくさん聞かせて。オレ一生、ほんとに一生、沙希のこの声、忘れないから」

「ごめ、んなさ、い。あの、沖田、さん、わたしほ、んとはお沖、田さんの、ことい、つのまにか、すき、でした、沖田、さん、ほんとに、ほんとの、ほんとに、すき、で、いまも、ほんと、すきで、ほん、とはすご、いかな、しくて」

「沙希、ごめんな」

「ごっご、めんな、さい、泣い、ちゃった、ダメってっ、おもってたのにむ、かしのことお、もいだっし」

「沙希、いいよ、泣いて。泣きながらでいいから、オレの話聞いて。オレもね、沙希のこと好きだった。ほんとに好きだった。それで、別れるとか考えるのもイヤで、大事なこと話すの後回しになって」

「なあ沙希、ごめんな。本当にごめんな。オレも沙希と、別れたくないんだよ。でも、ごめんな、オレ今さら、自分の目標捨てられないし、向こうに行ったらさ、ほんとに何年帰って来られないからわからないんだよ。永住するのかもしれない。沙希を連れて行くこともできない。どうしようもなかったんだよ。ほんと、ごめん。許してくれ」

「最近毎日、オレ沙希のことばかり考えてた。沙希と、昔あったこと、全部思い出してた。そんな長い時間じゃなかったのに、なんか記憶だけたくさんあって、どれもこれも、なんかめっちゃきれいな記憶になってて、それでオレ、ますますどうしようもなくなったりして」

「オレも本当は、ずっとずっと迷って、このまま沙希といようかなって、そう思ったりしたこともあって、でも決断できなくて、今できるだけ沙希のこと愛そうって決めて、でもそれもうまくできなくて」

「沙希、ごめん。許してくれ。どうか、許してやってくれ。オレ最悪だけど、本当に、どうしようもなくて」

「沖っ、田さん、沖っ、田さんがあや、まることない、です、ゆる、してます、ぜんぶゆ、るしてま、すっ、わた、し、ばかだけ、ど、沖田、さんのこ、とぜんぶぜんぶゆ、るしてます、はじめ、からずっ、とっぜん、ぶ」

「……沙希、お前はそこまで言うのか。そこまで言ってくれんのか。なんでだよ、なんで許してくれるんだよ。なんでそこまで言えるんだよ。沙希、ああ、もうオレはダメだよ、オレ、お前が愛しくてしょうがないよもう、なんか、決断してしまうよ。オレは、わがままだけど、これだけはダメだって思って、ずっとガマンしてたのに、でももういい、ごめん、オレはやっぱりダメだ、もう沙希のことどうしても手放してやれないよ」

「、沖っ、田っさ、ん?」

「沙希、手を出せ。いや手じゃないか、左手か、左手出せ」

「お、沖田、さん、どどっう、し、たんですっか」

「沙希、いいから左手、左手の薬指出せ」



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