恋愛小説のコラム









男が欲しい、と言ったユウコ





「男、ほしいよー」

カンパリソーダを飲みながら、ユウコはそう言った。その飲み代は、さっきダーツで負けた僕の支払いだ。そしてユウコは、さきほど新しく僕の友達になった、19歳の浪人生だ。

「男、欲しい、か」
「超欲しいよ。ほんと。細かいこと言わないから、活きのいいやつ紹介しちくれ」
「その前にお前、さっきから、パンツ見えてっぞ」
「え、ぅああっとと。もーやばい、もうあたし女じゃないよこんなの」

パンツが見えてるといっても、チラリどころじゃない。縫い目まで豪快に見せてくれた。タイトスカートを穿き慣れてないのだろう。それにしても、極端だと思うけど。

あわてて足を閉じたユウコは、なぜだかタバコの火も、あわてて消した。

ユウコは、美人ではないが、宝塚系の個性的な顔をしている。胸はないが、スレンダーで、身長に恵まれなかったハイジャンプ選手、のような体型だ。やや肌が浅黒くて、髪は漆黒のストレートをゆるくポニーテールにしている。どちらかというとカッコイイ系で、パステルカラー以外であれば、流行の洋服がおおむね似合うだろう。

「ただでパンツ見たからにはおごってくれ」

ユウコは手のひらを僕に差し出して、かるく揺すった。

「いや、むしろエライモン見せられたからには、慰謝料くれ。刑法第二編第二十二章百七十六条、強制ワイセツ」
「なんでそんなの覚えてんのよ」
「さあ。こういうときのためにな」

勝負パンツ以外を見られたのは屈辱だぁ、と妙なコメントを残して、ユウコは上着に入っているライターを取りに、受付に走っていった。

オトコガホシイヨー、という声は、僕にとって、新鮮に聞こえた。なぜだろう。ああ、そうか。彼氏が欲しい、とはよく聞くけど、男が欲しい、とはあまり聞かないからだ。

意味としては、同じ意味のはずだけど。

彼氏が欲しい。
男が欲しい。

僕はふと思い立って、上着をさぐっているユウコのそばまで歩いていった。

「男が欲しいって、SEXしたいってわけじゃないんだよな」
「な、なに突然。え、SEX、えー、いやぁ、したいですよ。うん、したい」
「したければなんとでもなるだろう」
「そりゃそうだけどさ、いや、したいって言っても」

ライターを見つけたユウコは、ここじゃハズイからといって、僕の手首を引っ張って席に戻った。

「したいって言っても、とにかくできればいいってもんじゃなくて、そう、なんてゆうかな、あたしの生活の中に、いつもその人がいて」

ユウコは両手で、人の形を空中に描くようにジェスチャーした。

「その人とSEXがしたい、ってゆう意味だよ。まー、そりゃ、『その日だけ』でもしたくなることはたまにあるけど、実際にはよっぽどでないとそういうのしないし、そもそも、それとはまったく別の感覚だよ」
「ふーん。生活の中にいつもいる人と、したい、か。お気に入りの人と、日常的なSEXがしたい、ってことなのかな」

ユウコはびっくりしたような動作で、左手で僕の肩を叩いて、そのまま手を乗せた。

「それ、それいいよね。日常的なSEX。それが最高だよ」

うまいこと言うなあ、と、ユウコはオヤジくさく首をひねっている。

「夜、その人とするじゃん。で、裸のままで抱き合って寝て、翌朝、お互い何も言わないままに、またするの。そういうの。うわー」

独りで勝手に顔を赤くしているユウコに、僕は気色わる、と軽口を叩いた。ユウコの両手が伸びてきて、僕は軽く首を絞められて頭を揺すぶられた。

僕は揺すぶられながら、こいつはなんてすがすがしい恋愛観を持っているんだろう、と、こっそり感激していた。率直で、甘く切なく、セクシーで、それでいて決して下品じゃない。そりゃ上品ではないかもしれないけど、下品な女が上品ぶろうとする醜悪なパターンに比べれば、彼女の思いは文学的ですらある。

「ユウコは、彼氏ほしい、といわず、男ほしい、と言うのな」
「へ。んー、そうだっけ。知らない」
「女の子、とも言わず、女、と言う」
「えー、よくチェックしてんねー。あたしが覚えてないってば」
「それ、すげーイイコトだよ」
「え、あ、そう。あちゃぁ、なんか褒められたし。いやー、意味わかんないけど照れるな」

僕は、ユウコのすがすがしい恋愛観から、その言葉遣いが生まれていると感じていた。「彼氏」という言葉は便利だけど、やや少女マンガの匂いがする。「女の子」って言葉も、どこかぶりっこの下味が入っているように思える。

ユウコの夢描いている恋愛像は、そんなイヤミが削ぎ落とされている。女であること、19歳であること、人間であること、そしてユウコであること、それらが純粋に統合された、美しい恋愛像だった。恋愛とは、かくあるべきだ。

19歳の女に、教えられちゃったなあ、と僕は内心で白旗をあげた。同時に、「男欲しいよ」「日常的なSEX」、この率直で清冽な感じ、さすが19歳、心のアンテナが違うよな、とも思った。

よし、僕は、僕の女友達に、「彼氏」「女の子」という言葉を禁止させよう。代わりに「男」「女」という言葉を使うように、説教してやろう。どうせだれも聞きやしないだろうけど。

ユウコがタバコをくわえたので、僕は速やかに火を差し出した。
僕は火をつけたまま手元までライターを引き、手元で火を消す。

「いい男、みつかるといいな」
「ほんとだよ。次はゼッタイ、食いついたら離さないから。あたしヘタだけど、がんばるし、ディズニーランド連れてけとか言わないでがんばるよ」

23時を過ぎたころ、僕たちは店を出た。



僕はユウコを、彼女の下宿近くのローソンまで送った後、終電に向けて、誰もいない下り坂を走りだした。
僕は今日、いい友達ができた。いつまで友達でいられるだろう。そう長くはあるまい。彼女が慶応に合格して、男ができれば、どうせ僕のことなど忘れてしまうだろうから。それはそれで、ハッピーエンドだ。ユウコの想いに、ふさわしい物語が訪れますように。

僕は、ユウコの言葉の残滓に気持ちを押されて、必要以上に速く走った。





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