No.266 ジェフ、お前の罪は女にモテないことだ
ジェフ、お前に話す。お前のいいところは、人の話をちゃんと聞けるところだ、その点でおれたちは共通している。
ジェフ、お前はゲームのルールを誤解している。お前は女にモテない、そして、モテない男に口説かれたって、女は困惑か、恐怖するだけなんだ。おれたちだってそうだろう? モテない女に言い寄られたら、まずどうなるかといえば危機を覚える。なんとか回避しなくちゃって思う。お前だってそうなるはずだ。
もしそうじゃなかったら、それはよっぽど疲れているんだ。休めよ、休息だって、人に知られない程度にそこそこは必要なものだ。
ジェフ、おれはお前の人生を無駄にしたくない。だから話すんだが、お前の全てには「退屈」の二文字が浮き上がってしまっている。お前は気づいていないかもしれないが、お前は退屈しているんだよ。お前は物事に、意欲的に、熱心に、活躍的に、なろうとしているだろう。それが周りにどう見えているかというと、ただ「余裕が無い」としか見えていない。誰もお前のことを嫌っちゃいないんだ。ただ、退屈でモテなくて余裕が無いってのは、事実だから、事実がそのまま見えるだけなんだ。他人事として考えてみなよ、退屈な上に、女にもモテなくて、そんなやつが余裕を持っていられるわけないだろ。
お前がお前なりに考えて、グッドと思って採用している思いつきの全ては、残念ながら、退屈している人間が典型的にやる行動なんだ。退屈している人間は、無理やり行動を起こすのに都合のいい原理が必要だろ? いつの間にか、お前はそれをしちまってる。お前の思いついた営みは、希望なんかじゃない、ちょっと自分の退屈が解決されるかもしれないって、都合のいい期待をお前がしちまっただけだ。
お前はいろんなことを報告してくれる。ケビンのバーに行ったんだろ? あのときの話は、こぎれいに収まっていて聞きやすかった。けれどジェフ、お前のそんな話、誰も必要としていないんだ。そんなものに注目しちまって、拡大して入念に話してしまうのは、お前が退屈しているからだよ。退屈していないやつはそんなことに労力を割かない。それを、やめろとはいわないが、そこを拡大したって無駄さ。誰がそんな、必要もない情報に本当の刺激を受けるというんだ?
お前と波長を合わせてくるやつらもいるよ。ジェフ、お前の「友人」たちだ。けれどジェフ、彼らがお前と波長を合わせられるのは、彼らがお前と同じ退屈の虜囚だからだ。彼らは、お前と同じで、何か本当のことを見ずに自分でもホットになれると思って、連帯を求めている。だからジェフ、彼らの存在はいくらかお前を慰めるかもしれないけれど、お前は彼らのことを愛してはいないし、彼らもお前のことを愛してはいない。
ジェフ、おれがお前に何を言いたいかというと、つまりこういうことなんだ。ある種の、厳しさの話さ。お前は、女にモテない<<ヤツ>>なんだ。それがどうにかできるかというと、どうにもできない。どうにかできるってのは、そういう商売連中の標語でしかないさ。中にはもちろん、どうにかできてしまう<<ヤツ>>だっているだろう。でも、お前はそういう<<ヤツ>>じゃない。
お前は退屈している<<ヤツ>>だ、お前の行動や振る舞いのすべてが、お前がモテない<<ヤツ>>だってのを教えてくれている。
そしてそのことは、この先もずっと変わらないんだ。
ジェフ、それが世界を見るってことなんだ。他人事じゃない、自分も含めた世界を見ることだよ。ジェフ、お前は面接官にもモテなかったから、いい仕事に就いていない。お前が行き着くところ優秀なのか無能なのかは、おれは知らない。でも明らかなことは、面接官にモテなかったら仕事はさせてもらえないし、仕事をさせてもらえなけりゃ、本当に優秀な実力なんて身に付きっこないってことさ。
ジェフ、おれが何も、冷たいことを言っているわけじゃないってのはわかるだろ。誰だってそう、まともな<<ヤツ>>は、そういう泣き叫びたくなるような世界を見つめて、それでも生きているんだ。ジェフ、おれが隣の席の女にアメ玉をやるとする。女は驚いて、でも受け取って、何かちょっと不思議な、いかがわしい、でも素敵なことがあったわねって、自分が生きていることを心地よく受け止めなおすんだ。お前がそれをやっても同じことにはならないよ。なぜなら、お前がアメ玉をいきなりくれる理由は、お前が退屈しているからだって、女というのはいくらバカでもそういうことだけはちゃあんと見抜いているものなんだ。
それでも、どうにもできないというのが、つらいところでね、ジェフ。お前は退屈している<<ヤツ>>さ。お前のせいじゃないのかもしれないな。けどそんなことはどうでもいい。なぜかって、女にモテない男が退屈していないわけがないからだ。ジェフ、お前が女にモテないってことが、お前に全ての災いを与えている。女にモテないことが、お前の罪なんだよ。お前が女にモテないせいで、お前の微笑みには力がなくて、女を憂鬱にさせるんだ。
おれだって、ジェフ、こんな現在の自分は捨てて、一緒に本当のことをやっていこうって、言ってやりたくはあるんだよ。でもそれが最悪のウソだって、おれにはわかってしまう。これは単純な話さジェフ、「一緒に本当のことをやっていこう」……そんなこと、退屈している<<ヤツ>>しか言わない。退屈というのは、人間にもっとも不要な才能を与えてしまうようだよ。まともな<<ヤツ>>なら決してしない発想を、ある一定のルールで、似たように思いつくように出来ているんだ。前を向こうとか足許を見ようとかハイになろうとか、な。
お前もいい人に出会って、結ばれでもすれば、再生するのかもしれない。でもなジェフ、お前のことを再生させようなんて、やはり退屈な人間しかそもそも発想しないんだよ。まともな<<ヤツ>>は、お前のことをほうっておく。お前は誰かに嫌われているわけじゃない。出くわせば、お前が育てている植物のことを聞いてくれたりするだろうよ。おれだってそうする。でも、それが「ほうっておく」ってことじゃないか。いま、おれがお前にそうしているようにだよ。
ジェフ、おれはお前に、感想がないんだ。感想なんてのはおかしいだろ? お前はいま、おれの目の前にいる、それだけで完結している。バッチリだ。お前はおれに、自分のことについて教えてくれって目をさっきからずっとしているが、そこに感想やコメントなんてものはないんだよ。ジェフがいる、ジェフだな、で、それでオワリさ。
そこに感想をつけたりするのは、やはり退屈している人間が、すでに完結しているものを、ふくらまして何かをしたいのかもしれないな。退屈というのは、そういうふうに、使い終わったティーバッグを、もういちど煮出したり、何かに再利用してみたり、するものだろ? お互いに新しくやってみたノウハウを教えあったり……そういうのは、やってみると何かあるのかな、なんて思うけれど、今のところ実際にやってみる気にはなれないんだよ。おれとお前とでは、そういうところで、実はずいぶん違うものなんだ。
ジェフ、これからどうする? おれはお前がいい奴だって思っているし、バカじゃないところは好きだ。退屈しているのに、それを押し隠して不機嫌なツラまでしている<<ヤツ>>に比べたらはるかにマシさ。お前は、女にモテる<<ヤツ>>にはならないだろうし、退屈しない<<ヤツ>>にもならないだろう、でもおれはお前に幸福になってほしいとは本当に思っている。何しろ退屈なんだ、幸福ぐらい与えられてくれよと、おれは義侠心から願わずにいられないんだ。おれだってそうだと思うが、まともな<<ヤツ>>にはそういう心が誰にだって通っている。世界がいくら不公平でも、おれらはその不公平自体を愛しているわけじゃない。
ジェフ、モテずに生きていくのは苦しいかい? 苦しいんだろうな、一種の地獄なんだと思う。生きているうち、ずっと余裕がないなんて、どれだけ苦しいことだろうと思うよ。そして、余裕のない男として、女にずっと怯えられていくんだ。お前はそういう<<ヤツ>>だし、そういう<<ヤツ>>だってこれからずっと生きていくってことなんだ。
気分が晴れ晴れしてこないか、ジェフ。ありのままの世界を見るってことは。そうじゃなかったらごめんな……でもおれはお前のことを友人だと思っている。お前のことを悪く言う奴は許さないって気持ちがおれにはあるよ。お前はモテずに行く、おれは違うほうへずっと行く、それは結局変わらないと思うが、変わって驚かされることがあったなら、おれは喜ぶよ、ジェフ。でもそのときも、おれとお前は、このときと変わらないままであってほしいって思うんだ。
[ジェフ、お前の罪は女にモテないことだ/了]