No.288 あなたに世界をお返しする
突然奇妙なことを言うようだけれど……
世論なんて無いんだよ。
幻想だ。
人々は口々にあなたに何かを言うように聞こえる。
が、幻聴だ。
あなたはたぶん、生涯のうち、何回ぐらいだろうな、わからないが……
三年に一回ぐらいしか、あなたは、人に何かを言われるということがない。
ウソではなく、本当だ。
なんというべきか、あなたは世界に、何かを与えてもらっているとは思わないだろう。
だから、世界があなたに、口うるさく声を聞かせるなんてことは、本当はない。
全部幻聴だ。
正確に言うと、インターネット上のコピー・アンド・ペーストに、あなたが勝手に声を貼り付けているに過ぎない。
女が煙草を吸うのはどうこう、と、多くの人が言っている、と、あなたは思っているだろう。
が、そんなものウソだ。
あなたが実際に煙草を吸っているところにそんなことを誰かが言いにくるわけではない。
「世間の声」みたいな幻聴が染み付いているのだ。
ためしに、マイクロフォンをオシロスコープに接続して、計測してみろ。人々があなたに向けて何かを言っているかどうか。
なーんにも言っていないだろう。
「世間の声」みたいなものがあるというのはウソである。
あの映画は名作だ、とか、あの店はおいしくて有名だ、とか、全部ウソなのである。
そういう声が、聞こえている気がする、いや間違いなく聞こえている、という、妄想的錯覚を、幻聴と言うのだ。
あなたの足元に地面があり、あなたの頭上には青空があり、あなたのお腹にはおへそがあると思うが、そのあなたに向かって聞こえる世論なんてものは存在しない。
あなたの母親は、あなたに結婚と出産を、口酸っぱく言うかもしれないが、それも幻聴だ。
正確に言うと、幻聴に囚われたお母さんが、その幻聴が聞こえますよということを、あなたに報告しているに過ぎない。
気の毒なことだが、あなたが相手をしていてもしょうがない。
そういう人は、電柱にキスしない人なんて世間知らずやわあ、という幻聴をコピー・アンド・ペーストすると、翌朝から電柱にキスし始める人なのだ。幻聴の幽霊なので、相手をしていてもしょうがない。
無えよ、「世間の声」なんて。
あるなら聞かせてみろよ。録音してみろよ。
その声って、何デシベルあって、どういう声帯しているの。
紹介してくれ、ぜひ名刺交換をしたいと思う。
何はともあれ、呼びつけてくれよ、おれは紅茶でも淹れて待っているから。どの駅から来るのか訊いておいてくれ。
世間の声とか、わけのわからないことを言うけれど、あなたの部屋に実際に誰がいるの?
誰もいないじゃないか、あなたはアホなのか。
一つの意見をコピー・アンド・ペーストすると、意見にコーラス効果が掛かって、そういう声があるのかなあ、という錯覚を生む。そういう声の存在のイメージが醸成される。
それは当たり前だが、それはつまりイメージなのだから、幻想だ。
繰り返すが、あなたの部屋には誰もいないし、あなたは生涯にわたって、たぶん十回ぐらいしか、人から何かを言われるということがない。
それなのに、その声とかいうものが、四六時中、大勢のものとしてあなたに届くなんて、そんなのウソに決まっている。
あなたの部屋には誰もいないし、明日も誰もいないだろう。そしてどれだけ録音したってマイクに世間の声なるものは拾われない。
あなたはひょっとしたら、与謝野晶子の歌集を読んで、その感想を抱えたまま、他人の感想をネット上に探したりするかもしれないが、そこにある感想ふうのものは全部コピー・アンド・ペーストで、人の声じゃないぞ。
それぞれの家で飼っているオランウータンにコピー・アンド・ペーストの作業を覚えさせて、そのように作り上げているだけだ。
あなたが底抜けのアホだったら、あなたは生涯を、その世間の声なる幻聴と一所懸命付き合って過ごすのみになるだろう。
あなたがあなたの生をどのように過ごしているのか、その99%の時間を、他人は一切知らない。
当たり前だ、すれ違った全ての人は、あなたのことを認識なんかしていない。
あなたをあなただと思っていつも眺めているのはあなただけだ。
世界中の99.999999%の人は、あなたのことを見ても「あなた」だと思っていない。
上司はあなたにあれこれ言うふうに聞こえるかもしれないが、それは部下に言っているだけで、電柱が部下なら、課長はやはり電柱に同じことを言うのであって、別にあなたに言っているわけではない。
どれだけでも繰り返して言いたいが、人があなたに向けて何かを言うことなんて、100年生きるうちでほとんど無いのだ。
あなたが世界の感触を失ったのは幻聴のせいで、幻聴は何のせいかというと、スマートホン等の通信端末のせいである。
通信端末は、必死で、「こういう世間の声がある」というふうに、取り繕っている。
もちろん全部ウソだ。
あなた自身は、何か、これまでにインターネット上に書き込んだことの全てを覚えているのか?
あなたがそうであるように、たとえ誰が何を書き込んだとしても、誰も三日後には覚えていない。
そんなものが「世間の声」?
そんなものとお付き合いするのは本当に時間の無駄でしかない。
電柱とお話ししているのはあなた自身なのだ。
ある人が、インターネットはその匿名性によって、普段は隠されている本音が吐き出される、と言った。
典型的なアホだが、世界中のどこを探したって、インターネットに本音を書き込んでいるような人はいない。いるとしたら、ここにこう書いている僕のような奴だけだ。
インターネットに書き込まれてあるのはホンネではなくヒマネである。
人間はヒマを極めると、とにかく何かを書き込んでみるのである。
電車が遅延して駅のホームが混雑してくると、記事の内容に拠らずとにかく「死ね」と書き込んでみるものなのだ。
まさにヒマネである。
ヒマを極めたときだけに出てくる謎の文言があるのだ。当人もそれをどこに放り込んだかまるで記憶がないという。
今、世間の声というのは、その謎の文言を主にしているので、そんなものを真に受ける奴は本当にただのアホである。
あなたが穏便に過ごしても、あるいは過激に過ごしても、あなたに与えられる誰かからの声というのは、生涯の総量としてそんなに変わらない。
機会として、ごくごくわずかだ、人から何かを言われるということは。
コピー・アンド・ペーストの幻聴に囚われた人は、意識にその幻聴をコピー・アンド・ペーストし、自分自身もそのコピー・アンド・ペースト活動を拡大するユニットとして捧げるので、もうそんな奴の相手をする理由は一切無い。
そいつが勝手にあれこれ言い出したら、
「あなたをクリックしてないのに勝手に開かないで」
と叱りつけていい。
僕はこの世界を愛しているが、世界を愛せる理由の第一は、世界が僕に対して静かだからだ。
人は通信端末をこすりはじめると即座に気が狂ってしまうものだが、それを解決するのに有効な方法は、スマートホンを踏んでへし折ることではなく、幻聴を聞かないことだ。
ためしに、手元にノートを二冊用意して、「世間声ノート」と「直接声ノート」に分けて、日記をつけてみればいい。
「世間声ノート」のほうは、毎日やたらめったら進むのに、「直接声ノート」のほうは、半年ぐらいはまず書き込むことが一言も無いだろう。
親御さんや上司が言うようなこと、あるいは親切屋の友人があなたに言うように聞こえることも、内容は世間声なのだから、世間声ノートに記録されねばならない。
そして世間声ノートというのは、世界中の誰もが同じような内容なので、要らないし、何の意味もないので溜まってきたら捨てるのである。
直接声ノートのほうは、捨ててはいけない、一言一言が、あなたに向けられた声なので、捨ててはならない。
が、そっちのノートのほうは、生涯を通して書き込んでも、ノートの半分も使わないだろう。
それぐらい静かなものなのだ。
人はあなたに何も言っていないし、あなたのことを何とも思っていない。
それどころか、あなたという人がいること自体知らない。
よかったじゃないか、とつくづく思う、あなたもそう思うだろう。
口うるさい世界なんかに生まれたら、誰だってこの世界を憎み、生まれてきたことを後悔するばかりになるだろう。
そういえば、言い忘れていたが、あなたが端末から仕入れる情報は、いろいろ事情があって、実は二千五百年前の情報なのだ。インターネット回線はそういう仕組みになっている。あなたはそういう機械の仕組みにあまり詳しくないんだろう? じゃあ僕の言うことを素直に聞くように。
これが流行とか、これが好かれているとか、こういうのは嫌われているとか、それらは二千五百年前の情報なので、あなたが読んだってしょうがない。
逆に、まあ読んでも構わないけれどということでもある。
あなたが今から一時間、「う・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ」と言い続けても、世間の声なるものは何ら変化しない。
変化しないのは、そんなもの元々存在していないし、あなたと声のやりとりを出来るような距離にいたりはしないからだ。
だからあなたは、部屋でミサ曲を歌ってもいいし、ひたすらアイ・ラヴ・ビッグ・ペニスと言い続けても構わない。
それについて、あなたにあれこれ言う人はいないし、あれこれ言う世間も無いのだ。
世間の声とかいうのは全部幻聴だ。
あなたが、その幻聴を聞いてしまい、それを幻聴だと気づいていないとしたら、あなたの生きる世界はおそろしくうるさいはずだ。
だいたい、一日あたり、86,400回ぐらい、あなたは自分に口出しされていると感じているはず。
それに比べて、僕はあなたに、「あなたが人に何かを言われるのは三年に一回ぐらい」と言っている。
おそろしい差だ。
そして、どうせ僕が言っていることのほうが正しいに決まっているので、あなたはその差のぶん、おそろしく疲れていることになる。
計算すると、あなたは本来疲れるべき量の、ほぼ一億倍疲れていることになる。
それで、道理で疲れているわけだ、となり、道理で、僕が何を話しても聞いてもらえないわけだ、となる。
意識のメールボックスに、一日に86,400件も受信がある、しかも差出人は全てsekenという正体不明の者からなのだから、少々頭がおかしくなってもしょうがない。
あなたはどうせ、どのように生きたか、歴史に記録されるわけではないので、100年後にはあなたの何もかもはすっかり消失しているということである。
あなたと共に生きた同時代の人は、あなたのことを覚えているが、彼らもすでに死滅しているので同じだ。
あなたがこの世界に生きていたことなど何の証拠も痕跡もないものになる。
そうして痕跡なんか何ひとつ残らないから、いちおう役所はメモを取っておかねばならないわけだ。
あなたはそうして、別に声を残すわけではないし、別に声を受けることもほとんどないわけなのに、何を遠慮して、何の相手をして、毎日を生きているのだろうか。
いいけど、はっきりいってただのアホである。やめてしまえ。
あなたが海辺に三年間座り続けたら、ちょうど三年経ったころに、「あの、あなたは何をされているんですかここで?」と訊かれるだろう。人から何かを言われるというのは、ちょうどそれぐらいの頻度のことである。わかりやすくてよいだろう。
あなたに世界をお返しする。
あなたが今日得た世間の声をすべてメモしたってあなたには何の利益も残らないだろう。
それはあなたがコピー・アンド・ペーストしただけなんだからね、ではでは、また。
[あなたに世界をお返しする/了]