No. 386 僕の越えたかったもの
ものすごい一年になった。
どういう一年だったのか、といって、もう先週のことさえはるか昔のようなのに、一年前のことなんか思い出せるわけがない。
さしあたり、僕自身と、僕を慕ってきてくれた人たちには、数々の吉報が舞い降りた。聖地を訪問できた人もいる。胸をなで下ろすことの連続だった。
吉報続きといえば、僕の周囲には、基本的に吉報の嵐が吹き荒れているようなものだ。もちろんそうでなくてはいけない。
おれを慕ってきてくれたのに、幸運さえ与えられないようでは、沽券に関わるというものだ。
おれを慕ってはくれなかった人が、今どこで、それぞれにどうしているのかは知らない。
誰も彼も、元気で、幸福であってくれればいいなと思っている。
すさまじい一年だったが、そのことを、もう振り返ろうとは思わなくなっている。
振り返るだけで一年ぐらいかかりそうだからだ。
僕はきっと、むかしから、何でもいいから、すごい奴になりたかった。
そのことは、きっと、今年になって、いくつか実現して、いくつか叶ったのだと思う。
その中で、本当に僕が越えたかった一つのことがわかった。
「すごい」ということ、それ自体を越えたかった。
幸い、今このとき、何かをいちいち「すごい」と言い立てているような余裕は、すっかりなくなっている。
僕はクリスマスとか、大晦日とか、正月とか、そういった特別な日を大切にしたがるタチだ。
大切にしたがるというか、それはやはり、大切な日なのだと思う。
毎年、大晦日に、こうして一年を振り返って、今この瞬間に感じていることを、書き留めるようにしてきた。
年を越す瞬間は、どこか独りになれる。
独りになるのは、お前はいつも得意だろうという話だが、いいのだ、大晦日というとやはり気分が出るじゃないか。
この一年で知ったことは、とにかく、僕が他の人たちと、まったく異なって生きてきたということだった。
よかれあしかれ、僕は変人なのだろう。
その変人が、どういう具合の変人なのか、おそらくじっくり見直す時間は与えられないまま、ずっとこうして駆け抜けていかされるのだろう。
今このときも、もう何を考えているのか、あるいはもう何も考えていないのか、さっぱりわからなくなっている。
考えるということは、あまり大切なことではなかったのだろうか?
直情的というのは、いつも安っぽいもので、僕はあまり好きではないが、直情の安っぽさを避けるために、よく考えるというのも、やはりまた違うのかもしれない。
直情で、何かをしたりはしないし、かといって、もう何かをじっくり考えたりもしない。
「すごい」といって、何かが確かに「すごい」ということは、世の中にあるのかもしれないが、もうその感興も観点も、僕には必要なくなった。
もっと直接の感覚があって、もう、その直接の感覚にひっついていかないと、何もかも間に合わないというところまで来てしまった。
必要なものがあるとすれば、それは愛なのだろうが、愛というのも、ずっとその中にあるのならば、いちいちそれを必要とは感じなくなるだろう。
水生生物がいちいち「水が必要」とは考えない。
もう、何を考えるのか……この一年で、テレビメディアは力を失っただろうし、かといってウェブ動画も盛り上がりつくして陳腐化した。いつまでかは流行していた「掲示板」も、その「まとめサイト」も、アングラでもなければ切実さや素直さが露見する場所でもなくなった。
この一年は、目にするテレビ番組等では、とにかくスキャンダルへの執念に、熱心だったように記憶している。
だが、そのどれもがはずれだっただろう。
他人のスキャンダルに騒ぐということが、いかに無理があって、いかにむなしいことが、さすがにすべての人が気づいてしまった。
どんなにえげつない週刊誌でも、それを思い出の一冊として保管するような人はいないのだ。
要するに娯楽ということになるが、娯楽ということも、さすがに限界を迎えたのだと思う。
来年には、もうやたらに、女の子がおっぱいを揺らす競争をするのも、なくなってしまうのではないだろうか。
愛が消えるということはない。そもそも、一時的に生じるものを愛とは呼ばない。
恋あい論について書かねばならない、と思い続けている。けっきょく、年内には果たせなかったが、これは無念であり、同時にやむをえないことでもあった。
こんな速度で、自分の能力が変化していたら、どんな速い書き手だって、ひとつのことをまともに書き纏めるなんて出来っこない。
大病を患った人が、闘病という日々を記録することがあるが、僕もちょうどそんな具合で、闘○という日々を、記録できたのだと思う。
何と闘ったのかは、もう今さら言いたくない。
そういえば、もう何年も、朝起きて「今日は何をしようかな」と考えるというようなことを、経験しなくなった。
忙しい、ということではないのだが、時間があればあるだけ、やりたいことは際限なくあって、「今日は何をしようかな」なんて考える余裕はなく、毎日をとにかく最適化して、やりうることのすべてを詰め込むしかなかった。
それでも、やろうとしたことの半分以上はできていなくて、いや半分どころじゃないな、七割ぐらいはきっとできなかったのだ。最善を尽くしてこれなので、逆にもう、やりのこした、という感覚はない。
書こうと思っていたことも、たぶん八割ぐらいは書き留められなくて、それでもこれで最善だったので、これはもうしょうがなかったのだと思う。
ワークショップ関連でいうと、常連の者たちが、「九折さんがもう毎週解脱するので……」と言うのが冗談の定番になっているが、正直なところ、それは冗談でも何でもなかったのだと思う。
冷静に考えて、人はこんな短期間に、わけのわからないほど飛躍するものだろうか?
若いうち、僕は特に、大学の四年のときに、ハードな状況にあり、大きな飛躍を遂げたと記憶しているが、今年の飛躍はそれに匹敵するどころか、おそらくはるかに飛躍の度合いが上回っていると思う。
何しろ、飛躍といって、もうどのていど飛躍したとか、そんなことに関心を向ける余裕もなくなったのだ。
今年になって知ったことは、僕がどうやら、あまりにも他の人とは異なるらしいということと、それ以上に、多くの人、特に女性においては、理屈ではない特殊な感性によって、人を見ているらしいということだ。
人を見ている、という表現は正しくないかもしれない。なぜなら、当人たちの多くも、何が見えているのかわからず、またそうしたものが見えたり、惹きつけられたり、作用を受けたりするということを、これまでほとんど知らなかったようだからだ。
僕自身、何がどうなったのかわからず、息を呑んでいる人たちが、なぜ吸い寄せられてくるのかわからず、吸い寄せられてくる当人たちも、何が起こっているのか自分でわからず、という、こんな状況では、もうまともに何かを書き留めるとか、まとめて体系化するというようなことは、とてもじゃないができるわけがなかった。
誰も彼も、もう、驚いているヒマもないという状況だった。なぜなら、驚きを噛みしめていたら、もうその次のシーンで、別のところへ飛躍している僕のことを見逃してしまうからだ。
そんなわけのわからん加速度的状況があるものなのか。実に眉唾という感じがするが、実際にそのようにして進んできてしまったものを、今さらごまかしてもしょうがないと思っている。
先日、「月桂冠」の日本酒の、紙パックがあり、その紙パックの側面に、「月桂冠の海外進出の歴史」が書かれてあった。
最も古い記録によると、明治三十五年、1902年に、ハワイに向けて輸出した、という記録が残されている。
その後、日本は戦争に巻き込まれてゆくから、再び日本酒の海外輸出が拡大し始めたのは、戦後四年、昭和二十四年(1949年)になってからのことだ。
そして、月日は経ち、平成元年(1989年)、月桂冠はついにアメリカのカリフォルニア州に米国月桂冠を設立する。
そして現在に至っても、米国月桂冠での生産と販売、ならびに日本国からの輸出も合わせて、月桂冠は日本酒の文化を世界各国に広めている、ということだった。
こんなことが、紙パックの側面をちらっと見ただけで、一発で把握されるというのは、単純に考えて脳がやばい。今このときも、資料を確認したわけではないのだ。
ワークショップでどれだけのことを教えているだろう? それも具体的な技術をもって。
「また今回も、どこでこんなワザを習得してきたんですか」
と言われるので、正直に、
「朝起きたら、なぜか知ってた」
と答えるしかない。だって本当にそうなのだからしょうがない。
いや、一応、それに関連するような動画等を、観たには観たのだが、なぜか自分の目と耳が、その動画から、今の自分に必要な情報を勝手にピックアップして、寝て起きるとそれのやり方を僕自身が知っているというのがわからない。
これはもう、僕自身でさえ、何かを「学ぶ」という一般的な行為や現象の、枠を越えてしまっていると思う。こんなめちゃくちゃなことがあってたまるかと思うのだが、もう止まらないのだ。
僕自身は、割とボーッとしているつもりでも、僕の知らないところで、僕に何もかもを突っ込もうとするはたらきが起こっていて、気がつくとまた、新しい何かを与えられてしまっている。
もう説明したくもないが、ひとつひとつの視覚・映像にしたって、脳裏に残されている映像が異様にクリアで、命を持ったままで、そこに宿されている情報量が膨大すぎる。
大晦日なので、一部もうバラしてしまうが、
「古代エジプトのオリジンの人々に言われたのだが、お前って就職活動に疑問があったの?」
と突然言い出す始末。
それでいて、「はい、そうです」と、あっさり認めてかかる若い奴もおかしい。
確かに、そうして話が進むのなら、時間が短縮できて何よりだが、こんなデタラメな話の進み方があってたまるか。
僕はそんな胡乱なことを、したいわけではないのだが、とにかくもう向こうから勝手につながってきて、僕の中にバカスカ情報を入れていきやがるので、僕自身にも何のこっちゃわからないのだ。
「演劇の基本は神話にある。それは、話そのものが人の創作物ではないからであって、また、神話に接続していない者は、フィクションの舞台そのものに立たせてもらえないからだよ」
と、言ってみて自分でナルホドと思うが、なぜそのナルホドなことを僕自身が知っているのか、僕自身もわからないのだ。僕はなぜか、僕のまったく知らないことを知っている。そして僕の知らないことに限って、言い出すと的のど真ん中を射貫いていて、たいへん役に立って有効なのだ。
まあ、そんな状況なのだが、もういいか、そういうネタの話はやめよう。
恋あい論について書かねばならなかったのに、書き切れなかったのは無念だった。年が明けたら、さっそくそのことに取りかかろう。取りかからせてね? もう誰にお願いしているのかよくわからんが、たまには僕だって、自分の小さな意識の範囲で、小さいことをやり遂げたりしたい。
恋あいというと、旧来の、男女が「好きです、付き合ってください」といい、不文律に契約がなされた仮想夫婦のように交際していくというスタイルは、もうあまり、有効に機能しなくなってきた。少なからざる人が、そのスタイルについて、実質的な破綻を感じていておかしくないだろう。
かといって、次の有効なスタイルが出てきているわけでもない。
よって恋あいは、ここにきて再び、包括的に「わからない」というエリアに逆戻りしたような感じになっている。
そうだ、思い出したが、恋あい論を書こうとしていて、不意に「春の力」の本質に接続・獲得することが起こってしまったので、恋あい論は頓挫してしまったのだった。
僕にとって、積年の謎、あるいは究極の謎と思えていた「春の力」が、思いがけず単純な形で、半ば以上獲得され、恣意的にディール可能になったというのは、ここまで生きてきた時間のすべてを通じて、巨大な出来事だった。
今年は巨大な出来事が多すぎたのだ。
そういえば、小説を書こうとして、ナゾの詩文が大量に出て来、「小説が書けない」と焦ったのも今年のことだったか。僕には詩文を書く趣味はほとんどない。にもかかわらず、どのように作文しても勝手に詩文になるというのは、実際問題として困り果てる現象だった。
と、やばい、もう何もかもやばいな、今こんな話をしていたら、即座に窓から春の風が入り込んできてしまった。やはりこの感覚と方法は本当のものなのだ。
恋あい論について、ここに書くわけにはいかないけれど、今のところわかっているのは、女の子はおしゃれをして、あるいはエッチなところとか、愛して涙するところとかを、佳い人に見せるように。女の子一人では、その因果に落ちていってしまうところ、その因果に落ちない男の人を見つけて、その人に色々な自分のおめかしを見てもらえば、知らぬ間にというか、自動的に導かれていることになっている。武術の達人に殴りかかると、「殴りかかる」という行為が空転して、そのことによって人は、「殴りかかる」という機能と因果の盛(さか)りが「うそだ」と直接知るのだ。それが「導かれている」ということ。当然ながら、非自我的な「愛」に到達していないと、そんな現象は起こってくれない。
もちろん、その逆をしてはいけない。あなたがその佳き人を、逆転して導く、というような意固地の状態になってはいけない。そういうとき、自分が思いがけず、何に深入りして、何を信仰までしているか、育ちや思想やコンプレックスが噴出するものだ。本来は導かれうるところ、それを逆転させようとムラッと来たら、力学的に大変な上に、自分の中に大きな負債が残る。そんなへんちくりんなことを、自ら望んで得る必要はないし、ごく当たり前に気をつけていたらそんなことにはならないので、ごく当たり前に気をつけていたらいい。意外に根深い信仰の問題によって、自分を吸い寄せて導いてくれる人の存在に向けて、思いがけず自分が「攻撃」の態度を取るということは、本当に突発的にあるものだ。突発的に出現するそれは、根深い次元で必然のことであって、突発的だからといって一時的なものではない。人によっては、その天邪鬼というか、自分の不本意を、最後までやりつづけるということにもなってしまうものだ。
来年はどういうことになるだろうか。
来年は、さしあたり、春の力の只中で、ちゃんとした恋あい論を書きたい。ちゃんとした、といって、僕が書くからには、どうせまた荒れ狂った、穏やかでないものになってしまうのだけれど。
僕は今、ほとんどの人の話を、聞いてはいるが、作用を受けない状態になっている。もともとそういう奴だったのかもしれないが、ここにきて明瞭にその性質を持つことになった。なぜそうして、半ばは人の話を「無視」しているかの如くになるかというと、その話をしてくれる当人を、不幸にしたくないからだ。人は思いがけず、自分が公言したこと、自分が人に主張したことによって、呪縛され、自ら述べたその道を強制的に往かされることになる。これは不毛で気の毒なことだ。だから僕は、その発話の当人が呪縛に陥らないように、それに類する発話は受け取らず、その呪縛が当人の血に帰っていかないようにしている。冷たいようだが、そういうつもりではないのだ。その代わり、といっては何だが、僕はそのとき、まったく別のものを聞き続けている。人は表面的な発話以上のものを持っており、心理学では色々言ったとしても、その心理という現象よりさらに根源的な、何かの響きを発しているだろう。最近の僕は、ずっとその響きだけを聞きとっている。目の前にどれだけ、表面は成り立った言語の居城があっても、僕はその奥に幽閉されている、魂の王子・王女の抜けだそうとする声を聞いている。
このところ、思うようになったのだが、人の「魂」ということでいえば、魂というのには性別はないのかもしれない。性別がないということは、すなわち魂はみな「男性」ということだ。性別がないのに男性というのは変な言い方だが、われわれが一般に男性と思っているのはオスであって男性ではない。オス・メスというのは、魂の性別を言っているのではなく、単に形状として、コンセントとプラグのように、それぞれに適合する出っ張りとくぼみを持っているということにすぎない。これにより、一般的な「男性」は、霊魂的に「余分」「持て余す」ものを持っており、一般的な「女性」は、霊魂的に「足りていない」「満ちない」という窮乏を持っている。
だから、一般的な「男性」は、魂を女性に分け与えねば、何か余分があって「やるべきことを、やりきっていない」と感じるし、一般的な女性は、魂を男性に分け与えてもらわねば、何か不足があって「受け取るべきものを、受け取っていない」と感じる。なお、念のために申し上げておくと、このことに見られる「魂の解決」の手続きは、婚姻して出産して子孫をどうこう、という話とはまったく関係がない。
僕が言いうるのは、わけのわからないレベルで与えられる「幸福」というのは、世間一般で言われている手続きとはまったく異なる手続きで得られる、ということだけだ。それ以上のことは、どうせ話しても不穏になるので、そのとき必要になった人に向けてのみ話そう。
女性がオスの顔になるのは間違いで、男性がオスの顔になるのも間違いだ。男女の性愛というのは、必ずしも性行為そのものを指すわけではない。ただ、まともに魂の解決が得られると、女性はメスの顔にはならず男性の顔を見せるし、男性もオスの顔にはならず男性の顔を見せる。無性的になるわけではないし、中性的になるわけでもない。魂の解決を得て、男性の面持ちを見せた女性というのは、とてもうつくしい女性に見えるものだ。それはつまり、本来の「人の顔」に到達するということを示している。
生存本能に脅かされた男性は、オス化させられて、露骨なメスにばかり惹きつけられることになるが、そのことは当該のオスにとってもメスにとっても、実は幸福ではない。強力なオスはうつくしい男性にはならないし、強力なメスもやはりうつくしい女性にはならない。
生存本能は、生殖本能とつながっていて、生存本能のおびやかしから、生存本能にすべてを乗っ取られると、生殖本能が暴走し、本当にSamenと子宮の関係だけになる。このとき、性行為の衝動や、射精と懐胎の衝動は悪魔じみて凶暴になり、それぞれの陰部は大型犬のヨダレのように体液を垂らし始める。六道でいうと畜生道への転落が起こっているのだが、さらに生存本能に支配されると、これは生殖器からの感受性の暴走へとつながり、六道でいうところの地獄道にまで転落する。
女性なら誰でも、最も退廃した男こそが、ひどいSamenの気配に満ちながら、同時にまったく男性的ではないということを、おぞましさへの恐怖からよく知っているはずだ。同様のことはむろん女性にも起こり、同様の女性はひどい子宮の気配に満ちていて、同時にまったく「人の顔」はしていないものだ。
こんなことを、今年はよく考えたし、考えたというよりは、なぜか視界のうちにそういったすべてのことが直接視えるようになった。
そしてけっきょく、視えれば視えるほど、そうしたことに詳しくなっても、何の打開にもつながらないし、何の役にも立たないということがわかってきた。
もう、視えるものにわざわざ関心を惹かれることはないし、ひどいものに関心が向かなくなったぶん、すごいものにも、いちいち「すごい」という関心を向けることはなくなった。すごいものは、今でも好きではあるけれど、それだってやはり役に立つわけではないし、何かの打開になるものではない。
打開の方法はただひとつ、打開した先の世界へ住み続けることだということがよくわかった。打開が必要というわけではなくて、打開済みの先のところへ住み続けるしかない。だからもう打開は必要ない。きっと僕は、この一年で、魂として大きな成功を掴んだのだろう。今はまだよくわからないし、その成功とやらにも関心が向かないので、もうどうでもよいのだが、ずっと先になって、今のこの一年のことを思い出すときがあるかもしれない。
今この一年が終わろうとしている。
僕の越えたかったものは何だったのだろう。僕は、きっと今年それを越えたのだが、それが何だったかというと、僕はずっと「すごい奴」にあこがれていて、そのことに到達したかった。だが実際に得られたのは、それを越えてしまうということであって、それが得られたからこそ、僕は穏やかに一つの満足を得ているのだという気がする。僕はきっと、さっさとその「すごい奴」というあこがれを越えて、元あったやさしさのところへ、帰りたかったのだと思う。どうやら僕は、正確にはすごい奴になりたかったのではなく、何かがすごいということを正当に越えて、やさしさのところに戻りたかったのだ。今、この最もわけのわからない状態、もう何にも関心を向けている余裕がないという状態、さらには学ぼうとしなくても情報が押し込まれてくるような状態が――何しろ、すごい奴になろうとしないなら、わざとらしく何かを学ぶ必要もないわけで――僕の得うる最大のやさしさという状態なのだと思う。もう「これ」を聞いているしか、何もかも間に合わないよという状態。この、「これ」を聞いて、何もかもが流れ込んでくるしかないという状態、これが最もやさしいのだろう。僕自身に僕がやさしいという感覚はまったくないが、多くの人はこのところこぞって僕を「やさしい」と言ってくれるし、それならば赤の他人も、いきなり僕のところへ吸い寄せられて来るようになり、その吸い寄せられる理由が当人にもわからないということにも辻褄が合うのだ。もしそのようであるならば、現在の僕として、これ以上本懐というか、自分をなかなかやるじゃないかと褒めてやれる到達点も他にない。
「春の力」は、人をSamenと子宮の運搬者にしてしまう。なんとロマンチックなことだろうと僕は思う。それでいてなお、この凶暴な精そのものといえる「春の力」に、やさしさの作用をもって対抗したい。春の力の只中に、この作用をもって立ち向かい続けたいのだ。僕はすごい奴にあこがれてきたが、すごい奴ということでは、春の力に対抗はできない。こうして僕が、やさしさの作用を持てるようになって、おしゃれをした女の子が、そのかわいらしさを僕のところに見せにやってきますように。あと数時間でやってくる来年は、そういう一年になればいいと思う。
[僕の越えたかったもの/了]