ピンクサロン・ジャパン
一昔前までこの国は合コン文化が支配的にあり、現在はそれが移り変わって、合コンより性風俗が支配的となった。つまり先日まで合コンジャパンだったものが現在はピンクサロン・ジャパンになった。たとえばお笑い芸人のトーク題材に性風俗通いのそれがちらほら出るのはそれである。ポップス音楽の主流はかつて合コンのシーンを取り巻くものであったが、現在はピンクサロンの店内を流れていてふさわしい陽気さのものになった。もし現代のこの国の風情というものについて考えるなら、この国ぐるみピンク・サロンになった巨大な空間の中、たとえばピンサロの敷地内に小学校があって、児童が通っている、というような風景に風情を見出すべきである。それは確かに、捉えてみれば独特の風情がある。もしこの中で人が恋あいについて真剣に考えるなら、あくまで「ピンサロの中で」、どのように美しい恋あいはありうるだろうか、と考え進めねばならない。「千と千尋の神隠し」というアニメ映画について、十歳の少女を湯女(ゆな。温泉街に勤める娼婦のこと)に仕立て上げたことについて、宮崎駿監督は、「だって風俗みたいな世の中じゃないですか」とコメントしている。
不毛な例え話をするつもりはなく、これは実用的な話。事実を捉えていて実用に耐えうる話として語るものである。たとえばあなたが勤務する職場に、いかにも物分りの悪い上司がいて、その悪質さにやりきれない心地がしたとする。そこには、色々納得できないわ、と髪を振り乱して嘆くあなたの姿があるかもしれないが、そこに僕は「あなたは誤解している」と言う。「ここはピンク・サロンなんだよ」と。ピンク・サロンの店内に、そのような物分りの悪い、悪質さの男性が座り込んでいたとして、そのことに違和感はあるだろうか。そうではないはずだ、<<ピンサロってそういうとこでしょ>>とあなたは捉えなおす。むしろそういう、<<いかがわしさ>>が、独特の風情で楽しいっていうか、好きな人は好きなんでしょう、とあなたは捉えなおすことができる。もちろんピンク・サロンにはピンク・サロンのマナーがあるだろうけれど、最低限のそれを超えてまで、難しい説教をするような場所ではないはずだ。我々が住むのは今そういう場所なのである。誰がピンク・サロンの女性キャストの、プライベートの趣味に口を出すだろう? ここはいかがわしい場所であって、それ以上の口出しは場違いで、野暮として忌まれるものだ。せっかくだから、この独特の風情を愉しもう、両手を開いて愉快な酒を呑み、話のリズムが噛みあわなくても、いいじゃないか楽しくゆこうよと。
ここがピンク・サロンの店内だとして、僕はそのピンク・サロンがきらいではない。実際にそういう商業にお邪魔したことがないので説得力はいまいちだが、僕はいかがわしい場所というのはたいてい嫌わないことになっている。そしてそこにいるのは人間で、それがピンク・サロンだからといって別段眉をひそめる必要は無いと感じている。人間は人間で変わらない。ピンク・サロンの中で恋あいが起こらないとはまったく思わないし、またそこで恋あいが出来ると思うやつも、底抜けのアホだなと思うのみだ。どこでだって恋あいのひとつぐらいはありえるだろう、そこにいるのは人間らなのだから。ただそれはピンク・サロンではあくまで例外的に起こるものであって、期待してゆけるようなことではない。
国全体がピンク・サロンになるという広さだから、その中にはやはり神社や劇場といった別空間も用意されている。ピンク・サロン内で待ち時間をつぶすものも用意されている。別にピンクサロン・ジャパンは破滅や侮辱を意味してはいない。店内には年配の掃除夫もいるだろうし、会計係やドアボーイもいるだろう。女の子を横につけるカネがないからテレヴィで野球中継ばかり見ているという人だってあるかもしれない。
チャラくさい青年らを見て、なんだか失望が増していくわと感じたとき、落ち着いて見直す。ここはピンク・サロンの店内だ。それにしちゃ、彼らは清潔で優良なお客さんではないだろうか? マナーもあるし、キャスト・レディにちゃんと気も遣う。あなた自身、ピンク・サロンでそう俯いていても得をしない。新人の女の子が驚くほど算数が出来ず、漢字どころか日常の言葉遣いまでめちゃくちゃだったとしても、さして驚くようなことじゃない、ここはピンク・サロンの店内なのだから。
僕とあなただって、キャストと客のようにして会うかもだけれど、「これからどうしような」と、少し立場を超えて話し合うことだってありうる。お互いまだまだこの店内にいることが続くわけだから、そういう息抜きだって必要ねと、気が合えば内緒で合意できる。サイアクなのはここが陰気なピンク・サロンになることで、経営理念や経営方針が定まらず、営業成績まで不振になることだ。
僕は幸いなことに、いかがわしい場所の独特の風情が、嫌いではないので。また、そのいかがわしさに応じて、振る舞いを整えて、かつ自分の内側まで犯させないということを、図太くできる、僕はタイプだ。だからあまり深刻に捉えてはいない。
僕が真剣に思っていることはただひとつ、何年か後になって、あのときピンク・サロンで過ごした日々はとてもよかった、特別な時間だったよね、と懐かしみ合えることだ。ピンク・サロンというと、それだけで嫌悪と反発をもよおす人もいるけれど……そのどうしようもなさも含めて、ここはピンクサロン・ジャパン、毎晩の締めくくりは陽気でないと馬鹿らしい。こんなところに哲学は無いと、賢そうな人は言うけれど、それは残念ながらお馬鹿さん、ピンク・サロンほど人を哲学的にする場所はないよ。ビリー・ジョエルだって、ビールの腐敗臭がするマイクロフォンで「ピアノマン」を歌ったのだ。客とキャスト・レディが結婚するようなこともあっていいし、その結婚式が店内で執り行われるのは、ずいぶん粋なことじゃないか。僕はそういうことが大好きだ。
あなたに恥を欠かせないために僕ができることは、あなたをちゃんと指名すること。グッドな料金をあなたに払い、あなたを店内で活躍している一人にすること。そしてそれらの全てをちゃんと、ウソっぱちだこんなの、と知っておいて笑っていること。店内を流れる音楽のすべては、よく効いて全て最高だ。ちゃんと聴いてないけれど最高なんだ。あなたはキャスト・レディだ、本気で口説かれるのは不本意だろう。そうではなく、毎回面白い手口で口説くふうにすると、あなたは喜んでくれる。ちょっと本気で好きかも、と錯覚する一瞬を覚え、毎夜ごと忘れて眠るのがあなたは好きだ。
それでたまには、「これからどうしような」ということも、やっぱり話し合う。いつでも本来の業務に戻れる程度に。僕にはその程度のことはできるし、とにかくあなたに恥を掻かせたくはないのだ。
[ピンクサロン・ジャパン/了]