出会いのコラム









美紀さんに、会ってきた!






人を理解するのは、難しい。人を理解するための洞察力とか、知識とか、そういうものを持つこと以前に、まず先入観を持たずに目の前の人を見ることが難しい。人と会うときは、いつも自分の気持ちをニュートラルに持つこと、それが何より大事だ。僕は美紀さんと会ってきて、つくづくそう思った。

美紀さんは、このサイトの恋愛相談がきっかけで知り合った。彼女はS太君という人に恋をしていて、なかなか悩ましいことになっているらしい。僕はそれについて、掲示板やメールでいくつかのコメントを返したが、それが何かの役に立ったのかどうかは知らない。何かの役に立ったとしても、それは僕の功績ではなくて、美紀さん自身の功績だと思っている。さてその美紀さんは、19歳の短大生、現在就職活動中だ。彼女の通う短大は、東京の都心部にあって、それはかなりのお嬢様が行く学校だった。聞けば、彼女のお宅は、高原に別荘などをもっているとのことだ。僕は会う前から、自分の貧相な格好に少し気後れした。まあ、それはいまさらどうこうできることじゃない・・・。

12時を回ったころ実際にあらわれた美紀さんは、なんのことはない、気取ったところなどまったくない、明るい女の子だった。パンツ姿にストライプのポロシャツ、大きなかばんを肩にぶら下げていた。背丈は小さく、150センチ強だろう。

「どうも、こんにちは」

僕がそうして個性のない第一声をかけると、美紀さんは明らかに緊張しまくりの様子で、うつむいたまま、こんにちは、と返答した。すこし鼻にかかった声、でも明るい声だ。必要以上に緊張する姿は、いかにも女の子らしくて、愛嬌がある。僕がこんな態度をすれば、気持ち悪いだろうけど、彼女がやれば愛らしい。19歳の乙女の特権だ。

「・・・なんか緊張してる?」
「チョー緊張してます!」

彼女は目を伏せたままそういった。僕は、そうだよな、19歳の女の子だもんなぁ、となんとなく納得しながら、できるだけ彼女に圧力を加えないように心がけながら、予約しておいたレストランに案内した。レストランは25階、結果的に、鱸のローストはさしておいしくもなかったけど、眺望だけはなかなか悪くなかった。

僕たちは、窓際の席に、向かい合って座った。

「今日は、付き合ってくれてありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ」

僕は世間話のセンスがないので、不躾にもこう切り込んでしまった。

「・・・人の目を見るの、すごい苦手そうだね」
「そうなんです!こないだ、社長さんにもそういって怒られました」

彼女はそういって笑った。ここでいう「社長さん」とは、先日彼女が面接を受けてきた会社の社長さんのことである。

「あ、社長面接、受かったんですよ!きのう、連絡が来ました」
「お、やったじゃない!おめでと。これで内定?」
「いや、まだ大阪の本社で、取締役さんとの面接があります。でも多分、もう大丈夫だと思うんですけど。てゆうか、もう受かった気なんですけど」
「後は、意思確認だけかな。でも、油断しないようにね。最終面接って、けっこう落ちるよ」

僕はお得意のおせっかいとして、そう言った。自慢じゃないが、僕は学生時代に、広告代理店大手のH社の最終面接に4回たどり着き、4回とも落ちている。最終面接は落ちるものなのだ。なぜ落ちたかって、それは、毎回でてくる役員の面接官が、毎回椅子からずり落ちんばかりにだらしなく座っていて、毎回僕はそれを見てげんなりしたからだ。僕は自分のげんなりを取り繕う大人のテクニックがいつまでたっても身につかない。ま、なんにせよ、最終面接だからって、油断するのはいけない。意思確認をするためだけに出てくるほど、役員ってのはヒマじゃないものだ。

「美紀ちゃんは、学校で、美術やってるんだよね。でも、仕事はデザインとか、そっちにはいかないんだ」
「そうですね、これからは、社会に出て行って、いろんなことを身につけていかなくちゃと思って。でも、美紀の将来の夢は、イタリアで個展を開くことなんですけどね」
「イタリア、か。いいね。イタリア。行ったことないけど」

そう話している間も、彼女はずっと伏し目がちで、照れくさそうにうつむいたままきょろきょろして、笑っている。彼女は、よく笑う女の子だった。それも、本当におかしくて笑い声が漏れてしまうといったふうに、笑うのだ。それは単純に、一緒にいる僕を、楽しい気分にさせてくれた。

それらの特徴と合わせて、声が鼻声で、「美紀は」という一人称を使う彼女は、典型的な「妹キャラ」だった。普通、自分の名前を一人称に使うと、幼稚な感じがしていただけないものだが、彼女にはその違和感がなく、彼女のキャラクターを構成する自然な要素のように感じられた。
少なくとも、この時点では、僕はそう思っていたのである。

僕は彼女にせがんで、彼女が描いた絵を、いくつか見せてもらった。写メールに撮られたその鉛筆画と色鉛筆画は、予想以上に垢抜けていたので、僕は驚いた。

「すごいうまいじゃない。これだけ描けるのに、ビジネスの世界に入っていくってのは、なんだかもったいないな」
「そんなことないですよー」

僕は以前、色鉛筆画に凝ったことがある。ファーバーカステルの色鉛筆を買い揃えて、きたのじゅんこの絵を模倣しようと、けっこうがんばったのである。しかし、色鉛筆に限らず、透明画材というやつは、筆を持つものの情緒をてきめんに表現するもので、僕のように性根がガサツな人間の絵は、そのままガサツさがキャンバスに乗っかってしまうのである。それに比べて彼女の絵は、まず描線にムラがなく、絵画に対する集中力が見受けられた。彼女いわく、彼女は幼いころから母親に紙と鉛筆を携帯させて、ことあるごとに、外出先でも絵を描いていたとのことだ。

僕はその堂に入った絵を見ながら、彼女は妹キャラってだけじゃなくて、本当に繊細な女の子なんだなぁ、と短絡的に納得した。彼女は、美人とまではいえないけど、十分に魅力的な女性だったし、本人いわくコンプレックスになっている、その並びの悪い歯も、その魅力に少なからずプラスに働いている。なんだろうか、男の女に対する庇護本能とでもいうようなものが、くすぐられる感覚があるのだった。彼女は、特に努力しなくても、男性にモテるタイプだろう。男はしょせん、この手の、か弱そうな女の子にはグッときてしまうものなのである。

・・・しかし、僕はこの後の会話で、僕の短絡的な発想、その了見の狭さを反省することになる。僕はこのとき、彼女の外見につられて、彼女の本質を見損ねていたのだ。

「今の会社に受かったら、大阪本社だから、S太君とは、離れ離れになっちゃうね」

S太君とは、彼女が想い焦がれる人だ。高校のときに出会って、今も同じバイト先にいるらしい。

「そうですね。でも、それはなんだか、しょうがないなって。そこは冷静なんです」

僕は、彼女がその点で動揺しなかったことに、少し驚いた。僕のイメージでは、入りたい会社と、そばにいたい人との間で、彼女は揺れ動くと思っていたのだ。

「S太とは離れ離れになっちゃうけど、だからそれまで、たくさん一緒にいられたらな、って思うんですよね」
「・・・ということは、付き合うとか、そういうことが目的じゃないんだ」
「そうですね。今までS太に振り回されてきたから、今度は美紀が振り回してやりたいんですよ」
「ふーん、他の人と付き合ったりとか、そういうのは考えないの」
「そうですね、今までにも、他の人と付き合ったりしたんですけど、付き合ってるうちに、なんか違うなって思っちゃうんです。付き合ってるときも、S太のことばかり考えてますし。だから前の彼とも別れちゃいました。別れてすぐ、S太に報告しましたよ。『別れた!』って」

彼女はそういって笑った。僕はこのあたりで、少し混乱してきた。

「S太君のどこが、それだけ好きなの」
「すべてですね。歩くところとか、後ろ姿とか、そういうの全部です。めっちゃ好きです。特に、前歯がちょっと出てるとこが好き」
「前歯、か。それはなかなかのコダワリだな」
「前の彼氏は、すごくカッコいい人で、歯並びがきれいで笑顔が印象的だったんですけど、魅力的では、なかったですね」
「美紀ちゃんを好きになったやつが歯並びよかったら、気の毒だな」
「あたし、好きなタイプがすごくはっきりしてるんですよ」
「そういうところ含めて、S太君じゃないと、ダメなんだ」
「そうですね。今はS太のことしか考えられないですね」
「S太君は、彼女いないの」
「はい」
「S太君とは、付き合うのが目的じゃないって言ってたけど、S太君が、他の女性と関係を持ち出したら、そのときはどう?」
「あたしもそれがイヤで、前にS太に、『合コンとかで女の子の知り合いつくるのやめて』っていったことあるんですよ。美紀には、そんな権利ないのは承知のうえで」
「うんうん」
「そしたらS太、『いいよ』って。その翌日、バイト先の先輩とかに、『俺もうコンパとか行きませんから』とかってちゃんと言ってました」
「ふーん、ハタから見てたら、はやくくっついてしまえ、と言いたくなるがな。S太君としても、美紀ちゃんのことが、まんざらじゃないわけだ」
「美紀が冷たくすると、S太怒りますよ。こないだも、『友達のとこいくぐらいなら、俺のとこ来いよ』っていって、怒りましたから」
「ふーん、なんだか、ヘタに付き合うとかいうよりも、強いつながりが、あるみたいだな」

その後も僕は、彼女の話を根掘り葉掘り聞いた。その中には、エッチについては、イヤじゃないけどできるかぎり短時間で済ませたい、というコメントや、前の彼氏と川べりで話しながら、この人キスしたいんだろうな、早くしたらいいのにと冷静に思っていた、というコメントがあった。

僕は、彼女に対する理解を、急速に修正させられることになった。彼女は、その外見とは裏腹に、誰かに庇護されるような弱虫などでは決してなかったのである。僕の怠慢な脳みそは、彼女の個性を一般的な型に分類しようとしていたため、僕は混乱したのだ。

彼女のシャイなところ、よく笑うところ、伏し目がちなところ、冷静なところ、それらにはまったく嘘が含まれていない。驚いたことに、彼女はその一見矛盾しそうな要素を、自分の個性のうちに収めきっていた。彼女はただ、純粋だったのである。緊張するシーンでは緊張し、笑うときは笑い、好きになれぬものは冷静に観察し、そして、S太君のことだけが、その前歯から歩く姿まで、どうしようもなく好きだったのだ。

僕はなんだか、おかしくなった。彼女は自覚していないのだろうが、彼女は徹底して、型にはまらぬ個性の持ち主だったのだ。彼女を見ていると、いわゆる型破りの雰囲気をもつ人であっても、それは型破りというひとつのスタイルから自由になれていないように思えてくる。彼女は、純粋で、完全に型の束縛から自由だった。

「見た目が妹キャラだから、勘違いして、好きになられること多いだろ」
「そうなんですよ。こないだなんか、合コンで、男四人のうち、三人に告られました。あたしその合コンで、ものすごくおなかが空いてて、とにかく何か食べたかったんですよ。それで、自分だけ食べるわけにもいかないから、テーブルにあったやつ、みんなのお皿に取り分けたんですね。そしたら、それが点数アップしたみたいで。あたしは、ただ食べたくてしょうがなかっただけなんですけど」
「ははは、気がつく女の子、って思われたわけだ。それじゃ付き合いだしたりしてからも、『こんな人だと思わなかった』って言われるだろ」
「よくいわれます。前の彼氏にも、今まで付き合った人数を正直に言ったら、驚いてました。彼氏は、俺が一人目か二人目だろう、って思い込んでたみたいで。あたし高一ぐらいまで、遊んでましたから」
「とっかえひっかえ?」
「それならまだマシです。付き合っている人がいるのに、別の人と仲良くなって、じゃあ今の人とは別れてこの人と付き合おう、とか。いろんな人傷つけちゃいましたよ」

そのほか、彼女の理想とする画家は、エドワード・バーン・ジョーンズで、彼女のコンプレックスは天然パーマの髪の毛だった。


そんな話をしているうちに、いつのまにかタイムリミットが来てしまった。彼女は、学校にレポートを提出しに行かなくてはいけない。彼女は、最後に宣言するように、こう言った。

「あたし、働き出したら、がっつり稼ぎますよ!まず店長になって、ブロック長になって、スーパーバイザーになるんです」
「そうだろうな、美紀ちゃんは、働き出してからが楽しみだ。それまでは、S太君を、どこまでとりこにできるかだな」
「そうですね。がんばりますよ!」

最後まで彼女は、あまり僕の目をはっきりと見ることはなかったが、僕はその彼女のスタイルをようやく理解できていた。

僕は彼女を駅まで送った後、頭の中を整理するため、暑苦しい駅の構内をうろうろ歩いた。

まずみっともないことに、僕は初めのうち、彼女を、僕の知っているタイプの中のどれかに分類しようとしていた。それはまったくもって、恥ずべきことだったと思う。それは固定概念にとらわれた、僕の陳腐な精神構造を露見させるものだったといえよう。これからは、人と会うとき、つまらぬ色眼鏡をかけずに、気持ちをニュートラルにして、人を観ようと思う。

それを含めて今回は、僕が一方的に教えられてしまった。確かに彼女の言うとおり、好きな人がいたとして、付き合うというのがゴールとは限らないはずだ。僕はいつのまにか、すごく不自由な発想をするようになっていたのだ。好きな人がいて、振り回されているから、今度は振り回したい。そしてその後、仕事をするという人生のステージが始まれば、離れ離れになるかもしれない、それはそれでいいではないか。人生に恋愛の物語の一編が加わるとして、それが結婚に向かうものとも限るまい。

そんなこんなで、僕は反省しながら、帰路についた。ああ、なんだか、無様なことをしてしまった気がする。せめて、美紀さんにとって、退屈な時間でなかったことを祈りたい。





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