戦争の構造
「戦争ですなあ」
「戦争ですわ」
「アフガニスタンごとラディンをやっつけるわけか」
「まあそうやな。ラディンはアフガニスタン人じゃないけどな」
「え、そうなん!?」
「報道がごっちゃになってるけど、ラディンはサウジアラビア人やで」
「そうなんや」
「アフガニスタンは貧しい国やから、資産300億円とかいう金持ちはそうおらんやろ」
「なるほど。で、なんでアフガニスタンにおるの?」
「もともとアフガニスタンで、戦線参加してたからな」
「どことドンパチやってたの」
「旧ソ連と」
「なんでまた」
「ソ連と国境を接してたし、イスラムはソ連の言うこと聞かんかったから攻め込んできた」
「言うこときかんゆうて、なんで聞かないかんねん。ソ連相手やったら、アフガニスタンなんか勝たれへんやろ」
「そのころはそれなりに、イスラムが仲良く団結して対抗してたよ。でも、一番有効だったのは」
「だったのは?」
「アメリカが武器の援助をしたことやろ」
「アメリカがアフガニスタンに?」
「そう、ラディンは、アメリカ製の武器で戦ってたわけ」
「あらら、そのときはアメリカと仲良しだったと」
「そう。でも、結局は冷戦の代理戦争にしかすぎないんだけどな」
「代理戦争というと?」
「アメリカとソ連が直接とっくみあったら、世界が破滅するやろ。だから、自分の属国同士で争わせるわけ」
「アフガニスタンがソ連を追い出したら、アメリカの勝利でもあると」
「そうそう。当時は、アメリカが兵と資金を動かすたび、ソ連が威嚇してた。国の威信がかかってるから」
「バランスオブパワーってやつか」
「そうそう。当時は、核ミサイル発射7分前まで到達したことがあったらしいよ」
「くわばらくわばら」
「まあアフガニスタンはそういう血と硝煙の染み付いた土地といわけだ」
「住んでる人が気の毒やなあ。政府を握ってるのは、タリバンとかいう民族だっけ?」
「タリバンは民族じゃないよ」
「ほななんやねん」
「かつてソ連のアフガン侵攻の時、アフガニスタン人の女子供がたくさんパキスタンに逃げ込んだよな」
「そうなんか。パキスタンというと、アフガニスタンの右隣やな。その隣はもうインド」
「そ。そのパキスタンに逃げ込んだ子供たちは、そこで、イスラム原理主義の学校に行った」
「ふんふん」
「そして、彼らはアフガニスタンに戻ってきた。大人になって」
「パキスタンを出て故郷に戻ってきたわけね」
「このイスラム原理主義学校の出身者を、タリバンというの」
「え、ほななにかい、タリバンってのは、パキスタン出身なんかい!?」
「そう、そのとおり。だから、パキスタン国内では、同朋を売るな、とデモや暴動がおこっている」
「ということは、タリバンにとってみれば、ラディンはお国を守るために戦地にとどまった戦士というわけか」
「そうなるわな。しかもサウジアラビア人なのにな」
「ちょっと待てよ、そういや、アメリカと仲良かったはずなのに、いつのまにアメリカといがみあいだしたん」
「それは、ソ連を追い出したアメリカが、国に帰ってくれないからやな」
「ソ連を追い出したら、アメリカという居候が住みついたと」
「そう。それで石油とか持っていく」
「カミサマの恵みを持っていかれるわけね」
「アフガニスタン人は、結局のところアメリカが自分たちを支配していることに気づいた」
「それが我慢ならんと」
「うん。ただし、ソ連を追い払った後、勢力分裂で内乱になったから、あまりエラそうなことも言えないだろうが」
「せやけど、もともとが、冷戦の代理戦争なんやろ」
「まあそうやな」
「なんか、結局は、弱肉強食かよ、といいたくなるな。強者は自粛して、国に帰ればいいのにな」
「他の例でもそう。例えばIRAとかもそうだな」
「どういうこと?」
「アイルランドでは、昔、カトリックとプロテスタントの深刻な差別があった」
「どっちが偉いがわ?」
「プロテスタント。カトリックたちは差別されていたので、デモ行進を行った。1960年代やな」
「それが無視された?」
「無視どころか、石を投げた。平和行進が、血まみれの喧嘩になった」
「警察が来るやろ」
「アルスター警察が来て、警察も一緒にカトリックを棍棒でなぐりつけた」
「差別か!」
「差別やな。アイルランドは内戦状態になった。そこにイギリスは英軍を派遣した」
「内戦を止めようと」
「軍はプロテスタント勢力を追い払い、カトリックに拍手で迎えられたそうな」
「めでたしめでたし」
「ところが、なんでか英軍はクニに帰ってくれない」
「またそれか!」
「なんでか、特殊部隊SASも来て、散歩しているアイルランド人を連行したりした」
「そりゃ結局、アイルランドがイギリスの支配化におかれたということか」
「そう。それに気づいたアイルランド人が、抵抗勢力としてIRAを結成した」
「で、そんなんが総力戦で軍に勝てるはずないから、テロにはしると」
「そう。自然な成り行きやな。で、イギリス人がテロで殺されたら、報復のようにSASがIRAを殺す」
「もうそうなればただの憎しみあい」
「そのとおり」
「今回も、アフガニスタン人が、たくさん亡くなられるやろうな」
「銃で撃たんでも、どんどん死んでいくで」
「なんで」
「貧しい国やから、経済援助、食糧援助がないと食べていかれへんねん」
「どれくらい餓死するの」
「百万人とか言われてる」
「粉ミルクのない数万の魂が、飢餓のままアメリカを呪うわけか」
「経済制裁、らしい」
「制裁って、そんな高慢チキな言い方があるか!」
「でも堂々と制裁っていうよな。それがジャスティスらしいで」
「なんでそんなにアフガニスタンは貧乏やねん」
「戦場になりすぎやから」
「それはさっき冷戦の代理戦争ってゆってたやん」
「そう、それのせい。もともと豊かな国ではないにしても」
「うーむ、戦争はいかんなあ、本当に」
「まこと正鵠。ほんとに考えたら憂鬱になるばっかやで」
「かといって、テロはさらにいかんよな」
「イスラム原理主義だからな」
「どういうこと?」
「聖典コーランに堂々と書いてある。『目には目を』の思想やな」
「それはいかにも戦争向けやな」
「イスラムでは、恨みと復讐心を強く持ちつづける文化がある」
「怖いなあ」
「そういうけど、日本だって明治初期まで、『かたきうち』が法で認められてたんやぞ」
「そっか」
「復讐というなら、『忠臣蔵』だって、復讐物語や。復讐だからといって美がないとは言えない」
「それより、アメリカの報復のほうが、ドス黒いな。一方的に殺しにいくところが美しくない」
「まあでも、テロで亡くなられた方は、確実にいるからな。黙ってはいられへんだろう」
「正義の鉄槌か。それはキリスト教国のやり方なんかい」
「アメリカは、キリスト教国というより、騎士道国家だな」
「名乗りをあげて、武器を神の前にかがけて、いざ尋常に勝負というわけか」
「そう。だからだまし討ちや不意打ちには、猛烈に怒るんや」
「うーん、でも、チャンピオンと喧嘩するとき、リングで勝負しろってのは、むちゃな話やで」
「聖書の中には、蛇が悪役で出てくるよな。蛇ってのは、どういうイメージや」
「シャーッ、て感じ。卵を丸のみしたり、ねずみをガブッといく」
「毒を使ったり、人の留守に卵を食べてしまったり、そういうところが思想的に悪役につながっているわけ」
「ライオンとは違うわな」
「ライオンとコブラのどちらが偉いとは言えないはずだけど、ライオンのほうが偉く思えてしまいがちやろ」
「力を誇示して堂々と、臆することがないもんな」
「そう。それが騎士道精神ってやつやな」
「日本では、蛇がカミサマ扱いを受けたりするな」
「そう、日本では、やはり世界を観るためには、風土が温和過ぎるんやな」
「というと」
「日本にいる生き物は、繁殖能力も殺傷能力も低く、それでのんびり共生している」
「アメリカザリガニとかブラックバスとか、ヨソモンは強いもんな。古来種は駆逐されていく」
「鹿が木の芽をついばむ風景が、日本人の世界観をいやおうなく培ってしまうやろ」
「ああ、それは、いい風景やなあ。胸の奥にジンとくる風景や。日本人でよかった」
「うかつな発言をするなよ。それにジンとくるのは、日本人だけではないやろ」
「おおっと、人種差別してたわ」
「でもまあ、ライオンが超カッコヨク見えて、蛇はサイアク、と思ってしまう人がいるわけやな」
「その人が、アメリカという強い立場にいたら、蛇を駆逐しようと思ってしまうと」
「テロの根絶、テロリストの根絶やしやな」
「騎士道精神は、戦いの神がいて、正義のほうが神の恩寵を受け、勝利するという思想や」
「そうやな」
「だから、勝者が正義、になってしまう」
「そんな中世的な。魔女裁判的やん」
「さらに、ドン・キホーテなど古い物語には、美人=神の祝福を受けている、という表現が当たり前のようにでてくる」
「強く美しい者が神の子ってわけか」
「だからアメリカは、自国の正義、神の意志の代行を信じて疑わんやろう」
「ああ、なんか何が正しいんかわからんくなってきたわ」
「日本にもアメリカニズムは強く染み付いてきているから、騎士道的価値観を突破して考えるのは難しい」
「今はなんか、騎士道が正しいとは思えん気分や。テロも戦争もかわらんように思えてきた」
「それが真に自分で考えるってことやな。もらいものの思想ではなく」
「ふーむ」
「思うにだな」
「うん」
「自由民主主義ってのは、強者の自制にその精髄がある」
「というと?」
「ブッシュ大統領が、軍を発動させて、優香を拉致して自分ちに連れて帰ったらひどいやろう」
「それはひどすぎる」
「でも、実際にそうする能力はあるわけや」
「権限あるもんな」
「その権限を、皇帝が自由にふりまわすのが専制主義」
「それはひどい」
「それをさせないように、選挙、リコールの方法などを憲法に正文化したのが民主主義ってわけやな」
「なるほど。権力者にガマンさせるルールを作っていると」
「その視点からいうと、アメリカは中東に対して、強者の自制が不充分だったのではないかと思う」
「ガマンが足りなかったと」
「正文化されてなくても、理念として、強者の自制をつねに心がけてなくてはならないのではないか」
「ふむ」
「強者は、同時に、弱者よりも自制的である義務を背負うと思うわけよ」
「なるほどね。『お兄ちゃんなんだからガマンしなさい』ってやつやね」
「でないと、強いほうが勝ち、さらに強いほうが自分を正義と思いこむばかりやからな」
「それは一理あるかな。テロはサイアクだけど、お兄ちゃんなんだから、ってわけか」
「そうそう。邦画に、『七人の侍』ってのがあるやろ」
「知らん」
「ある村が盗賊に襲われてて、そこを通りがかった侍が助太刀して、村人と一緒に盗賊をやっつけるんや」
「痛快な話やな」
「ところが、コトが終わったら、したたかな村民たちは、その侍すらも、村から追い出すわけ」
「なんでまた!ひどい話や」
「ヨソものだし、村長とかの立場を超えて偉い人がいるのも、村の秩序としてまずいわけよ」
「あー、なんかそんなもんかもしれんなぁ」
「それで、侍は背をみせて、文句も言わずに去っていく。これぞ強者の自制やな」
「カッコいいな。怒って切っ先を突きつけて、村の女をはべらせたりはしないと」
「だから物語になるわけやな」
「それが国家単位になると、そんな国益に反するマネはできんというわけか」
「そうやな」
「色々考えるタネはあるなあ」
「アメリカ文化人類学の『先進国・後進国』思想、人種差別、ユダヤ教とキリスト教、冷戦と人為国境、・・・・etc」
「勉強してたら一生が終わりそうや」
「かもな。で、それが平和に貢献するかというと、あやしい」
「じゃがいもを上手に作る方法のほうが、有効なように思える」
「アフガニスタンでは切実に喜ばれるやろうな」
「世界を豊かにする一員に、なろうとするしかないんかいなぁ」
「そうかもしれんな」
「いやいや、今回は勉強になったわ」
「もうちょっと勉強しいや。無関心は平和の敵やぞ」
「その発想のほうが、戦争を生むんちゃう?平和の敵、とか言っちゃってからに」
「おっと、ちょっと神の子を気取ってたわ。すまんな」
[戦争の構造/了]