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21.パトスはロゴスを解体する
わかりやすさのために説明を付け足しておく。
詳細を省いて申し上げるなら、パトスには「ロゴスを解体する」という性質がある。
たとえば物理学が「苦手」な女子生徒は、運動方程式を視認できない以前に、それを見た瞬間に一種の「アレルギー」を起こしている。
そしてたいてい、
「こういうのってさぁ、実際に使うとこなくない?」
「もっとふつうにわかるように書けってのよ」
と悪態をつく。
なぜ悪態をつくかというと、それが苦手だからではなくて、「パトスの権威」でその不明の話を "撃退" しようとしているからだ。
彼女は運動方程式 f=ma に触れるだけで「イライラする」というのが実情だ。見るだけで「うぎゃっ」となる。
「怖いってか、なんかムカつく」
一方、街中や雑誌で見かける「このネイル、超かわいくない?」というものは、彼女を守り、安堵させ、彼女を最高の気分にする。
それに比べると、数式の類などは、まるで意味不明の図形のまま、自分を殺しにくる使徒のように見える。
「わっけわっかんないんだけど」
「この図形とか記号に何の意味があんの?」
「やだやだやだやだ、なんかもう本当にイヤなんだけど!」
彼女は "ATフィールド" を張る。
ひとつ注意点を申し上げておく。
実際、パトスの徒があまりに強力に「話」を真っすぐに聞かされると、その後になって、図形や記号が見えて「無理、無理、無理!」となる、一種の精神障害を起こすことがある。
統合失調症に起こる「幻覚」が、そうして図形や記号の形になってヌーッと目の前に現れてくるのだ。
それは、何が恐ろしいのかわからないが、どうしようもなく強烈に恐ろしい。
悲鳴をあげてもその図形や記号は消えてくれない。
「いやだ! いやだ! 助けて、ホント無理! 出てくんな!!」
パニックになってATフィールドを張るしかない。
本当にそういうことがあるのだ、そのことはそんなに珍しいことでもない。
(万が一そういうことが起きた場合、ふつうのテレビや動画をつけて、部屋をできるだけ明るくして、水道水で手や顔を洗ってください。いつもの友人に電話してその声を聴くのもとても有効です。ただのパニックであって、実際に何かがあるわけではありません)
(また、それが「怖かった」ということは、それじたいまずい体験ではありません。「悪いことではないらしい」と思っておいてください)
潜在的にこの「絶対恐怖領域」があるので、パトスの徒たる人は、ロゴスに直面すると瞬間的に、パトスの聖水をぶっかけてそれを解体する。
「いかにもお金もってそうなお姉さんがさあ、ハイヒールでカツカツ音立てて歩いているの、見てて腹立つけど、ぶっちゃけうらやましいよね。わたしもあっち側に行きた〜い笑」
「あーもう仕事だるい、月曜日とかマジ来ないでほしい、あー誰かわたしを地中海とかカリブ海とか連れていってくんないかな。それで、超絶エステしてもらいまくって、あとはテラスでずーっとジュースとかカクテルとか飲んでいたい。誰か浅黒いイケメンのウェイターさんがさ、ケバブとか焼いて持ってきてくれんの。マジ最高じゃない?」
このことがあなたを安心させ、あなたを強くし、パニックから恢復させる。
ここまでパトスの徒ということについて話をしてきた。パトスを神とすることによって、魂から「話」の機能の一切が失われるということなのだが、それだけ聞くと「まずい」「困った」「パトスやばくない?」「なんとかしよう」と思える。
けれども実際に直面するものは逆で、パトスは強力かつ「ありがたい」ものだ。
絶対恐怖領域に現れるロゴスを、一滴で解体して無力化するほど、それは強力なものだ。
その強力さはあなたの(パトスへの)信仰心による。
また、恐怖たるロゴスを一撃で解体してくれる、その体験を直接することで、あなたはパトスへの信仰心をさらに深めていくのでもある。
それはやむをえないことだ。
恐怖たるロゴスを、パトスの水をぶっかけることで解体する。その解体をせずに、恐怖たるロゴスが向かってくるのをそのまま受け入れることなど、絶対恐怖によって不可能だ。
この恐怖を超克するためには「誰かが要る」と思っておくよりない。自力でどうこうというのは現実的には不可能だ。
仮に「エヴァ」に出てくる使徒のような、図形・記号のような脅威が巨大に出現したとして、何らの武器も持たず、単身で歩み出ては、何かを言いつけるだけでその使徒たちを調伏・使役してしまえるような、そういう権威をもった誰かが必要だ。「この人ならやれそう」「あの人ならやりかねない」と思える人を見つけて自分の内に置くことができればよい。
その人は初対面からあなたに、「なぜこの人はATフィールドが無いんだろう」と不思議に思えた人のはずだ。
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